第60話 正義の盾
第60話です!
先導隊が発って三日目の夜、残留組に予期せぬ襲撃が訪れます。
先導隊が発って三日目の夜、フィーレの指導のもと、ジェクスたちは変わらぬ稽古を続けていた。
「――今日はここまでにしましょうか」
フィーレがそう言いかけた、その時だった。
施設の外れ、警備に立っていた騎士の一人が、悲鳴じみた声を上げた。
「――何者だ!」
全員が、反射的に武器を構えた。
夜闇の向こう、施設を囲むように、複数の人影が姿を現していた。人間離れした気配――ジェクスの中で、想定録が一斉に警鐘を鳴らす。
「――魔族!」カイドが叫ぶ。
魔族の一団が、一斉に襲いかかってきた。人型の輪郭を持つ、黒く濁った存在。
「――数が多い!」ドムが盾を構えながら叫ぶ。
フィーレが風の刃を放ち、ジオが槍で応戦する。ジェクスとカイドも、それぞれの得物で目の前の敵を迎え撃った。想定録の棚を辿っても、正体不明の相手ではあったが、数さえ捌ければ、決して届かない相手ではなかった。
一体、また一体と、魔族の影が崩れ落ちていく。
だが、そこに紛れていた一体――ひときわ大きな影が、明らかに他とは違う気配を放ちながら、前に進み出た。
その影が、こちらを見据えた。人型の輪郭の奥、赤黒い両目だけが、はっきりと浮かび上がっている。
「――アリシャ・レイフィールド。探したぞ」
名指しされたアリシャの体が、一瞬、強張った。
「――なぜ、私の名前を」
「魔王様の下には、貴様のような"良質な器"を探す手段がある。……この程度の警備で、隠しきれると思ったか」
その言葉に、ジェクスの中で、これまでの断片が一気に繋がった。北の森、行商人の失踪、王宮周辺の不審な出入り――全てが、この瞬間のための布石だったのかもしれない。
「――アリシャさんを、狙ってたのか」
「そうだ。……それも、この場にいる全員を片付けた後の、話だがな」
影が、一斉に踏み込んできた。狙いは、明確にアリシャだった。統率の取れた、揃った速度での斬りかかり――受けきれない、と誰もが悟った瞬間だった。
無数の刃が、闇を切り裂いて飛来した。
「――なっ!?」
宙を舞う剣、槍、斧――魔力で瞬時に鋳造されたとおぼしき武器の群れが、迫る影を次々と打ち払っていく。
その出所は、施設の屋根の上だった。
「――やはりな」
低く呟きながら、一人の男が屋根から飛び降りてきた。
「――オルグレン様!?」
アリシャが、目を見開く。先導隊と共に発ったはずの団長が、そこにいた。
「――説明は後だ。今は、目の前の敵に集中しろ」
オルグレンが剣を抜く。その太刀筋には、かつて見た豪快さとは別種の、研ぎ澄まされた鋭さがあった。
「――なんで、ここに」ジェクスが尋ねる。
「――俺の勘が、当たっちまった、ってだけの話だ」
「――させるか!」
ジェクスが割って入るが、影の速度は、これまでの魔族とは比較にならなかった。爪の一撃が、肩を掠める。
「――くっ!」
「――ジェクス!」
アリシャが、咄嗟に前に出た。振り下ろされる爪の軌道に、避ける間はない。
(――ここしかない)
アリシャは、奥歯を噛みしめながら、意識を強く集中させた。胸元が、淡い光を放ち始める。
光は、瞬く間に彼女の周囲を包み込み、透明な盾のような形を成していく。振り下ろされた影の爪が、その盾に激突した。
「――ぐっ……!」
盾は、割れそうなほどの軋みを上げながら、それでも爪を押しとどめた。ぎりぎりのところで、致命の一撃を防ぎきる。腕に走る痺れるような負荷に、アリシャは思わず膝をつきかけた。
「――間に合った……」
肩で息をしながら、アリシャは自分の手のひらを見つめた。制御しきれるかどうかの瀬戸際で、間一髪、力を引き出せた実感があった。
その光景を、ジェクスは呆然と見つめていた。
(――ギフト、だと?)
アリシャがギフト持ちだと、これまで一度も聞いたことはなかった。だとすれば、彼女もまた――
(――転移者か、転生者か)
想定録の棚に、これまでとは違う種類の空白が、大きく口を開けた。
「詳しい話は後だ!」オルグレンが叫びながら、影の背後へ回り込む。「今は、目の前の敵をどうにかするのが先だ!」
盾に阻まれ、体勢を崩した影へ、オルグレンの剣が鋭く突き込まれた。
夜の闇の中、まだ見ぬ脅威との戦いが、本格的に幕を開けようとしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
隠れていたオルグレンの登場、そしてアリシャの秘めた力——大きな動きのある回になりました。「彼女もまた、転移者か転生者か」というジェクスの気づきが、この後どう二人の関係に影響していくのか、見届けていただけたら嬉しいです。
次話もお楽しみに。




