第59話 想定外
合宿が始まって十日、状況が大きく動き始めます。
合宿が始まって十日ほど経った夜、全員が広間に招集された。
「――緊急の報告がある」
前に立ったケインの表情は、これまでになく硬かった。
「別動隊からの情報です。……ここ数日、大陸各地で、魔神らしき反応が急増しています」
地図の上、これまで確認されていた地点に加え、新たにいくつもの印が加えられていく。
「――偵察部隊から、もう一つ気になる報告が」ケインが、資料の別のページをめくりながら続けた。「王宮周辺、闘技大会や魔術大会の会場、それに学校施設の近辺でも、不審な出入りの噂があるそうです。まだ断片的な情報ですが……」
「――狙いは、何だと思う」ガレスが尋ねた。
「分かりません。ですが、活発化のタイミングと重なっているのは、偶然とは思えません」
「――増えてる、どころじゃねえな」カイドが低く唸る。
「規模も、頻度も、これまでとは明らかに違います」ケインが続けた。「残るメンブラ・レギス(四天王)のうち、少なくとも一体は、既に活発に動き始めている可能性が高いかと」
部屋に、重い沈黙が落ちた。
「――一月かけて仕込むはずだった訓練が、間に合わないかもしれない、ってことか」ガレスが、腕を組んだまま言った。
「断定はできません。ですが、その可能性は、無視できないほど高いかと」
オルグレンが、静かに口を開いた。
「――当初の予定通り、一月間じっくり鍛え上げられれば、それに越したことはない。だが、状況が動くなら、こちらもそれに合わせて動く必要がある」
「――つまり」ジェクスが言葉を継いだ。「予定より早く、実戦に出ることになるかもしれない、ということですね」
「その通りだ」
会場に、緊張が走った。
「――どこまで早まるんですか」アクセルが尋ねる。
「分からん。一週間後かもしれんし、明日かもしれん」オルグレンの声は、努めて冷静だった。「だからこそ、お前らには今この瞬間から、実戦を想定した仕上げに切り替えてもらう」
その言葉に、集められた面々の間に、静かな緊張が広がっていった。
「――課題を、一つずつ完璧に仕上げてる時間はもうねえかもしれん、ってことだな」カイドが呟く。
「そういうことだ」ガレスが頷いた。「だからこそ、ここで一つ、動きを変える」
オルグレンが、地図を指し示しながら続けた。
「――全員を一律に足止めしておく余裕はない。二班に分ける。一つは先導隊として、実戦経験のある者を中心に先行させる。もう一方は、引き続きここで訓練を継続する」
「――先導隊は、俺が率いる」ガレスが言った。「アクセル、ロルフ、ダグラス、ネリア、フィン、シグルド、アイラ、ケイン――お前らも来てもらう。回復役も含めて十名、これで動く」
名を呼ばれなかった面々の中に、ジェクス、アリシャ、カイド、そしてジオとドムの姿があった。
「――俺たちは、残るんですか」カイドが、意外そうな声を上げた。
「お前らはまだ伸びしろの真っ最中だ。中途半端に前線に出すより、ここで詰め込んだ方が、結果的に戦力になる」オルグレンが答えた。「合宿の効果を、最大限引き出す。それだけの話だ」
出発の準備を整えた一団が、施設の入口に集まった。最後に、シグルドが兜の下から気だるげな声を残した。
「――俺がいない間に、怪我するなよ。治す奴がいねえんだから、大人しくやれ」
「――お前が心配してくれるとはな」カイドが、意外そうに言った。
「心配っつうか、面倒が増えるのが嫌なだけだ」
そう言い残すと、シグルドは兜を目深に被り直し、他の面々と共に歩き出した。
先導隊が発っていくのを見送りながら、ジェクスは、想定録の棚に浮かぶ新しい空白を見つめていた。
(――一月あるつもりで、時間を組んでいた)
想定録の棚を辿り、これまで組んでいたスケジュールを、頭の中で急いで組み直す。二刀流の下地作りも、剣の調達も、悠長に構えていられる話ではなくなった。
(――だが、慌てても仕方ない。今できることを、今のうちに詰めるだけだ)
三十三年間、想定してきたのは、こういう不測の事態への備えでもあった。予定が崩れたところで、それすらも「もしも」の一つに過ぎない。
剣を構え、ジェクスは静かに息を整えた。
(――さて。ここからは、時間との勝負だ)
夜の稽古場に、剣を振る音が、いつもより鋭く響き始めていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
魔神たちの活発化、そして先導隊と残留組への分班——のんびりしていられない空気が漂う回になりました。ジェクス・アリシャ・カイド、そしてジオ・ドムが合宿に残り、引き続き力を磨いていきます。
次話もお楽しみに。




