第58話 どんな状況でも
カイドの個別稽古回。次元魔法を封印し、抜刀の型そのものを磨いていきます。
「――型だけで、どこまでやれるか見せてみろ」
ガレスの言葉を反芻しながら、カイドは稽古場の隅で、一人剣を振り続けていた。
次元魔法は封印。今は、抜刀の型そのものを磨く時間だった。
(――抜刀は、決まった間合い、決まった姿勢からしか放てない。それじゃ、実戦じゃ半分も活かせない)
これまでの居合は、正面から静かに構え、呼吸を整えてから放つものだった。だが、実戦は、そんな悠長な状況を許してくれない。
「――どんな状況でも放てる形にする」
呟きながら、カイドは自分の体に、あえて無理な体勢を強いてみた。片膝をついた状態から、後方に体重をかけた状態から、横に転がりながら――あらゆる崩れた姿勢からの抜刀を、一つずつ試していく。
最初は、ほとんどが失敗だった。体勢が崩れているせいで、剣を握る手に余計な力が入り、狙った軌道からずれる。
(――力むな。剣聖にも言われたことだ)
呼吸を整え、力を抜く。三十年かけて師が磨いてきた感覚を、まだ二十五年しか生きていない自分が、そう簡単に会得できるはずもない。だが、諦める理由にはならなかった。
片膝立ちからの抜刀。何十回と繰り返すうちに、少しずつ、無駄な力みが抜けていくのが分かった。
「――お、様になってきたじゃねえか」
声をかけてきたのは、ロルフだった。大盾を担いだまま、興味深そうにカイドの稽古を眺めている。
「――見てたのか」
「暇だったんでな。……その技、面白いな。うちの国にゃ、そういう発想の剣術はねえ」
「そりゃどうも」
「よければ、少し試させてくれ。俺の盾で、その抜刀がどこまで通用するか見てみたい」
思いがけない申し出だったが、断る理由もなかった。
「――いいだろう」
ロルフが大盾を構え、カイドが崩れた姿勢から抜刀を放つ。刃は盾に阻まれたが、ロルフの体が、衝撃で一歩後退した。
「――重いな、これ」ロルフが、感心したように呟く。「型が崩れてる分、力の伝わり方が独特だ。まっすぐな抜刀より、むしろ厄介かもしれん」
「――本当か」
「ああ。俺の盾ですら、まともに受けきれなかった。……悪くない、その方向性」
ロルフの評価に、カイドは素直に手応えを感じた。ガレスに指摘された「型通りの一振り」から、確かに一歩前に進んでいる実感があった。
夕方、稽古を覗きに来ていたジェクスが、ふと口を開いた。
「――無理な姿勢からの抜刀、そこまで頑張らなくても、飛べばいいんじゃないか」
「――あっ」
カイドの動きが、ぴたりと止まった。
「――そうだ、飛べるんだった、俺」
「地上での体勢に縛られなきゃ、崩れた姿勢を無理に矯正する必要もなくなる。空中から、好きな角度で抜刀すればいい」
「――お前、それを今言うのかよ」
カイドは、脱力したように肩を落とした。今日一日、崩れた姿勢からの抜刀にひたすら苦心してきたのが、少し馬鹿らしく思えてくる。
だが、すぐに真顔に戻った。
「――いや、待てよ。飛行にも魔力を使うぞ。次元の技だけでも消耗が激しいってのに、飛びながらそれを使うとなると……」
「――魔力の総量、足りるのか」
「――足りねえだろうな、今のままじゃ」
カイドは、腕を組んで考え込んだ。
「……つまり、姿勢の矯正だけじゃなく、魔力の総量そのものを増やす訓練も、並行してやる必要がある、ってことか」
「悪い話じゃないだろ。課題が一つ増えただけだ」
「――お前は他人事だと思って気楽だな」
軽口を叩き合いながらも、カイドの頭の中では、既に新しい訓練メニューが組み上がり始めていた。地上での抜刀に加え、空中での抜刀、そして魔力量そのものを底上げする鍛錬――やることは、また一つ増えた。
「――だが、時間が足りねえな。ただでさえ日課がぎっしりだってのに」
カイドが、頭を抱えながら呟く。
「――それなら、心当たりがある」
ジェクスは、少し得意げに言った。
「合宿の日課、隙間を洗い出せば、思ったより時間は作れる。消灯後、起床前、休憩時間――全部、使いようだ」
「――お前、まさか」
「別に、隠すことでもないだろ。効率よく時間を作る話だ」
カイドは、じっとジェクスの顔を見つめた後、小さく笑った。
「――お前も、何か隠れてやってることがあるみたいだな」
「――さあな」
はぐらかすジェクスに、カイドはそれ以上追及しなかった。だが、その日の夜から、カイドの日課にも、新しい時間割が組み込まれることになった。
その日の夕方、稽古場を後にする頃には、カイドの体は汗だくになっていた。だが、疲労以上に、確かな充実感があった。
「――どんな状況からでも、抜ける」
呟きながら、剣を鞘に収める。まだ完成には程遠い。だが、少なくとも、今日一日で、確実に何かが変わった。
(――次元の技に頼らなくても、俺はまだ強くなれる)
その事実が、以前のような焦りではなく、静かな自信として、カイドの中に根を張り始めていた。
夕暮れの空を見上げながら、カイドは小さく笑った。
「――待ってろよ、次元魔法。すぐに追いつく」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
崩れた姿勢からの抜刀、ロルフとの即興の検証、そしてジェクスの一言で気づく「飛べばいい」という発想の転換——カイドらしい成長の描き方ができていれば嬉しいです。魔力総量を増やす必要性、そして密かに時間を作るジェクスの姿勢に勘づく場面も、二人の関係性として楽しんでいただけたらと思います。
次話もお楽しみに。




