第57話 気づき
合宿二日目、座学と個別稽古が始まります。ジェクスにも、ある気づきが訪れます。
翌朝、全員が集められた広間で、オルグレンが軽く場を仕切った後、静かに一歩下がった。
「――ここから先は、専門家に任せる」
代わって前に出たのは、痩身の男――バスティアから派遣された参謀、ケインだった。
「――昨夜は無礼講でしたが、今日からはまた気を引き締めていただきます。まずは、共有すべき情報があります」
ケインは、地図を広げながら続けた。
「魔族・魔神について、私が知る限りの情報をお話しします。よく聞いてください」
魔族の生息域、魔神の記録が残る過去の戦争、そして四天王――メンブラ・レギスに関する既知の情報。ケインの淡々とした語り口の中に、これまで秘匿されてきた重みが滲んでいた。
「――魔石の解析結果とも一致しますね」ジェクスが呟く。
「ええ。……ライアス殿からも報告が来ています。四天王のギフトには、共通する"癖"があるようです。詳しくは、追って共有します」
一時間ほどの座学を終えると、参加者たちは、それぞれの課題に向けて散っていった。
***
ジェクスは、施設の裏手にある稽古場で、一人、剣を振り続けていた。
(――読まれることを前提に、読まれた先の、さらに一歩先)
ガレスの指摘を、何度も頭の中で反芻する。想定録の棚を辿っても、答えは簡単には出てこなかった。
ふと、視線の先に、アクセルが二刀を振るう稽古風景が目に入った。右手に炎、左手に風――二つの異なる要素を同時に操り、状況に応じて出し分けていく戦い方。
(――一つの武器に、複数の選択肢を持たせる、か)
その瞬間、頭の中で何かが繋がった。
(――待てよ。俺の体には、想定できる全部の魔法の波長が流れてる。今までは、相手の魔力の波長を読み取って、合う波長を一本の剣に流し込んで、相殺してきた)
その瞬間、天界であの十秒に思い描いた記憶が、脳裏をよぎった。
――炎を操る敵、氷を纏う敵、雷を宿す敵。あらゆる属性の相手と渡り合う自分を、あの時、余すことなく想像した。ありとあらゆる"もしも"の対戦相手を思い描いたからこそ、ギフトはそれを律儀に汲み取り、全属性の波長が流れる体を造り上げたのだろう。
(――なるほどな。三十三年分の想定が、こんな形で体の仕組みそのものになってたのか)
苦笑が漏れた。弱点だとばかり思っていたその仕組みが、今、新しい可能性の土台になろうとしていた。
(――なら、二本の剣に、想定できる属性を半分の種類ずつ分けて流しておく。相手の攻撃を見て、まずどっちの剣側の系統が正解に近いか絞り込む。当たりをつけた方の剣だけ、さらに波長を絞り込んでいって、最後は一つの波長だけを残す。そこまで削ぎ落とせば、反射に使える)
一本の剣に最初から全部の波長を流していたのでは、候補が多すぎて絞り込みに時間がかかる。だが、二本に分けて候補そのものを半分にできれば、そのぶん絞り込みの速度が跳ね上がる。残った方の剣は、波長を探る必要がなくなった分、最初から攻撃に回せる。一番相性のいい炎の波長を、迷いなく流し込んでおけばいい。
(――これは、観察眼と、磨き上げてきた魔力コントロールの応用だ)
もとはといえば、自分の肉体に流れる波長を制御するために積んできた訓練だった。それを剣という武器の上でも同じように扱えるようにする――肉体で培ってきた感覚を、得物へと拡張するだけの話だ。三十三年分の積み重ねと、この世界で磨いた技術、そのどちらが欠けても、この発想には辿り着けなかった。
(――完成すれば、傍目にはどっちも同じに見えるだろうな)
普段は二本とも同じ炎を纏わせておき、反射に踏み切る瞬間だけ、片方に波長を集約する――そんな見せ方になるはずだった。
(――とはいえ、型を仕込むだけなら木剣で十分だが)
ジェクスは、手にした木剣を見下ろした。
(――実戦で振るうとなると、これじゃ保たない。耐えうる剣を、もう一振り用意しないとな)
打ってもらうか、あるいは、いざという時に誰かから借りるか――今すぐに答えを出す必要はない。差し当たっては、型と感覚を仕込むことが先決だ。その先の一振りは、また今度考えればいい。
(――それに、剣が二本揃ってない場面だって、当然あり得る)
咄嗟に二本目が手に入らない時のために、拳や手刀でも同じ型が使えるよう、動きを作り込んでおく必要がある。いつか本物の剣が手に入った瞬間、すぐに体が対応できるように――そのための下地作りだった。
拳に炎を纏わせながら、ジェクスは一つ試してみた。表面だけでなく、拳そのものの内側から燃え上がらせるイメージ。骨の髄まで炎を通すつもりで、拳を握り込む。
「――秘剣、灯火――なんてな」
誰もいない稽古場で、思わず一人で呟いて、少し照れ臭くなった。剣もないのに秘剣とは、我ながら締まらない話だった。だが、名前をつけておくと、案外イメージが固まりやすい。三十三年間、そういう小さな工夫を積み重ねてきた癖が、こんなところでも顔を出していた。
(――それと、一刀のままでも、戦い方の幅は広げておきたい)
二刀流はあくまで選択肢の一つだ。一本しかない場面も、当分は続く。ならば、一刀のままでどこまでやれるかを磨くことも、並行して怠るわけにはいかなかった。
ぶつぶつと、独り言が漏れていた。
(――防御と攻撃を、同時に両立できる。一本でやってた「見極めてから対応する」を、二本に分ければ、見極めと同時に攻める側も動かせる)
一つの武器に、複数の技を仕込む、という発想では終わらなかった。マジックキャンセラーそのものを、二刀流という形で拡張する――そんな可能性が、頭の中で像を結んでいく。
だが、剣を二本構えようにも、手元にあるのは一本だけだった。
(――なら、もう一本は木剣で十分だ。今は、型を体に覚えさせることが先決だ)
問題は、剣の数ではなかった。
(――一朝一夕で身につく技術じゃない。だが、一ヶ月あれば、話は変わってくる)
アクセルが二刀を自在に操れるのは、彼自身が長い時間をかけて積み上げてきたからだ。だが、逆に言えば、時間さえ確保できれば、土台くらいは作れる。
(――問題は、時間の作り方だ)
想定録の棚を辿り、合宿の日課を一つずつ洗い出す。座学、模擬戦、個別稽古、食事、就寝――決められた予定の隙間を、頭の中で組み替えていく。
(――消灯後、一時間。起床前、三十分。それと、昼の休憩を十五分削れば……)
一日に確保できる時間は、決して多くはない。だが、積み重ねれば、一ヶ月で相応の土台にはなる。三十三年間、誰にも見せない時間で積み重ねてきた男にとって、これくらいの捻出は、慣れたものだった。
(――誰にも気づかれないように、やる)
ガレスに「まだ足りない」と評された今、中途半端な二刀流を見せて、余計な指摘を増やすつもりはなかった。完成させてから見せる――それが、一番効率のいいやり方だ。
その夜、消灯後の稽古場で、ジェクスは剣と、もう一本の木剣を構えた。誰もいない時間、誰にも見せない練習。三十三年分の積み重ねと同じやり方で、また一つ、新しい引き出しを増やしていく。
想定録の棚に、「二刀流・秘匿訓練」という項目が、静かに刻まれた。
(――まずは、目の前の課題からだ。だが、これも並行して進める)
稽古場に、二本の剣が空を切る音が、静かに響き始めた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
アクセルの二刀流を見て生まれた着想、そして33年分の想定と磨いてきた魔力コントロールが繋がっていく過程——じっくり描いてみました。まだ木剣と拳での下地作りの段階ですが、この積み重ねが、いつかどんな形で花開くのか、見届けていただけたら嬉しいです。
次話もお楽しみに。




