第56話 差し入れ
厳しい合宿の一日を終えた夜、思わぬ差し入れが届きます。
一日の模擬戦を終え、夕食の準備が始まろうかという頃、施設の入口が急に騒がしくなった。
「――何事だ」
カイドが顔を出すと、大量の木箱を抱えた一団が、次々と敷地に入ってくるところだった。
先頭に立っていたのは、白髪交じりの髭を蓄えた壮年の男――王国騎士団団長、オルグレンだった。その後ろに、アリシャを含む五名の騎士が続く。
「――団長まで、わざわざ」
アリシャが、苦笑しながら木箱を受け取った。
「聞けば、朝から晩までみっちり詰め込んでるそうじゃないか」オルグレンが、穏やかな声で言いながら箱を下ろした。それでいて、有無を言わさぬ芯の強さが滲んでいた。「そういう時こそ、腹に力の入るもんを食わせにゃ、稽古の効率も落ちる」
木箱の中身は、騎士団自慢のケータリングだった。炙った肉、焼きたてのパン、色とりどりの前菜――今日一日の厳しい訓練を思えば拍子抜けするほどの豪華さに、集められた面々の間にどよめきが広がった。
「――今日の夜だけは、ちゃんと美味いもんを食って、精をつけてもらおうと思ってな」
その一言に、疲れの滲んでいた参加者たちの表情が、一斉に緩んだ。
「――団長、太っ腹すぎませんか」ガレスが、木箱の中身を覗き込みながら言った。
「バカ言え。お前らに倒れられたら困るのは、こっちの方だ」
食堂に並べられた料理を前に、その日集められた面々が、久しぶりに笑顔で席についた。
「――こういう気配り、ありがたいですね」ジェクスが、隣に座ったカイドに言う。
「オヤジと似たタイプなんだろうな、あの人も」
食事が進む中、オルグレンがジェクスたちの席に近づいてきた。
「――お前がジェクスか。噂は聞いてる。モレスタスの一件、大したもんだ」
「――光栄です」
「今日の模擬戦、ガレスから報告を受けた。……底が浅いと言われたそうだな」
その一言に、ジェクスは苦笑した。
「――事実ですから」
「気に病むな。底が浅いってのは、伸びしろがあるってことだ。……お前らみたいな若いのが、この程度で腐ってちゃ、俺たちの立つ瀬がない」
オルグレンは、静かに笑うと、また別の席へと移っていった。
アリシャが、その背中を見送りながら、小さく息を吐いた。
「――ああ見えて、部下思いなのよ、団長は」
「――伝わってきます」
食事の合間、あちこちで交わされる軽口や笑い声が、施設の中に満ちていた。厳しい訓練の合間の、束の間の温かい夜――ジェクスは、その空気を、静かに味わっていた。
(――こういう夜も、悪くない)
明日からまた、それぞれの課題に向き合う日々が始まる。だが今夜だけは、誰もが肩の力を抜いて、笑い合っていた。
「――ちなみに」
アリシャが、にっこりと微笑みながら、料理を頬張るジェクスに顔を寄せた。
「明日からは、また死ぬほど辛い訓練だから。今のうちに、しっかり食べておいて」
その笑顔と、言葉の中身のあまりの温度差に、ジェクスは思わず箸を止めた。
「――今、そういうこと言います?」
「――言うわよ。覚悟しといて」
隣で聞いていたカイドが、露骨に顔を引き攣らせた。楽しい夜の余韻に、一筋の緊張が滲んでいくのを、ジェクスは苦笑しながら受け止めていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
王国騎士団団長・オルグレンの、豪快さの奥にある部下思いの一面、そしてアリシャの微笑みながらの容赦なさ——束の間の温かい夜に、ちょっとした緊張の予告も添えてみました。
明日からの訓練がどうなるのか、次話もお楽しみに。




