第51話 二つの歩み
前話の続きをお届けします。よろしければ最後までお付き合いください。
ダンジョンから帰還して十日ほど経った頃、ライアスから一通の報告書が届いた。
その少し前、ジェクスたちは、ガレスから直接、あの場に現れた経緯を聞かされていた。
「――アリシャ、お前の騎士団が持ってる連絡用の魔道具、あれのおかげだ」ガレスは、担いだ剣を担ぎ直しながら言った。「一定以上の魔力反応が続くと、自動的に王都へ信号が飛ぶようになってる。お前らが苦戦してた間、ずっと反応が出っぱなしだったらしい」
「――そうだったんですか」アリシャが、少し驚いた様子で言った。「知らなかった」
「知らなくて当然だ、緊急時用の仕掛けだからな。それと、もう一つ」
ガレスは、少し声を落とした。
「――ここ最近、四天王らしき反応の噂を追って、俺自身、たまたま近くの街に滞在してた。そこへ、あの信号だ。急いで駆けつけたが、正直、間一髪だったな」
「――運が良かった、ということですね」ジェクスが言った。
「運も実力のうちだ。次も同じ幸運があるとは思うな」
その一言を最後に、ガレスは足早に王都へと戻っていった。
***
ライアスから一通の報告書が届いたのは、それから間もなくのことだった。
「――魔石の解析、少しずつ進んでる」
ギルドの応接室に集まった面々を前に、ライアスは興奮を隠しきれない様子で紙を広げた。
「四天王の魔石には、通常の魔石にはない層構造がある。まるで、何重にも重ねて練り上げたような……これ、恐らく魔王様が意図的に精製したものだ」
「意図的に、というと」ジェクスが尋ねる。
「――力を"譲渡"できるように、設計されてる可能性がある。まだ仮説の域を出ないが」
その言葉に、部屋の空気が張り詰めた。
「――まさか、ギフトそのものを奪う気か」ガルドナーが、低く唸りながら呟いた。
「かもしれない。もう少し時間をくれ。分かり次第、また報告する」
ライアスが辞去した後、ガルドナーは腕を組み、十人――いや、あの日ダンジョンで生き残った面々を見渡した。
「――今の話、聞いての通りだ。四天王の一体を倒せたのは、ガレス様の力とお前らの連携があったからだ。だが、次にまた同じ相手が出てきたら、同じ幸運は当てにできねえ」
「――戦力を、上げろってことですね」カイドが言った。
「その通りだ。今回、痛感しただろう。積み重ねだけじゃ、届かない領域がある」
その言葉に、ジェクスは静かに頷いた。
***
その日から、それぞれが自分なりの課題に向き合い始めた。
カイドは、剣聖のもとへ再び足を運んだ。
「――一日三度が限度、か。情けねえ話だ」
「情けなくはない。ただ、伸びしろがあるだけの話だ」
剣聖は、庭先で素振りを続けるカイドを、静かに見守っていた。
「――魔力の総量を増やすんじゃない。一撃にかける効率を上げろ。今のお前は、無駄な魔力を垂れ流しながら斬ってる」
「――効率、ですか」
「呼吸だ。抜刀の瞬間、余計な力みを削ぎ落とせ。俺自身、三十年かけてようやくそれだけを磨いてきた」
カイドは、剣を鞘に収め、もう一度構え直した。剣聖が三十年かけて積み上げてきた重みを持つ言葉が、まだ実感を伴わないまま、体の奥に染み込んでいくのを感じていた。
***
アクセルは、部下の三人を連れて、街の外れで実戦形式の稽古に励んでいた。
「――魔力の切り替え、まだ遅い。炎から風、風から炎、瞬時に持ち替えられなきゃ、宝の持ち腐れだ」
「――すみません」
「謝るな、直せ。あの化け物と、また対峙する時のためにな」
若い部下たちの目に、以前とは違う真剣な光が宿り始めていた。
***
一方、ジェクスは、あの空間移動の残像を、何度も頭の中で再生していた。
(――躱すことも、返すこともできなかった。あの一瞬の"消える"動きの、直前の予兆を掴めなければ)
想定録の棚を辿っても、この技術に該当する項目は、まだ何も見つからない。だが、埋めるべき空白がはっきりと見えている以上、迷う理由はなかった。
「――何を考え込んでる」
不意に声をかけてきたのは、アリシャだった。
「――空間移動への対処法を」
「――一人で考えるより、二人で考えた方が早いんじゃない?」
アリシャが、隣に腰を下ろした。
「――付き合ってもらえますか」
「もちろん。……それに」
アリシャは、少し悪戯っぽく笑った。
「あなたの想定録とやらが、まだ埋め切れてない空白があるって、悪くない気分じゃない」
ジェクスは、小さく笑い返した。三十三年分の積み重ねと、この世界で得た仲間たちの力が、それぞれの形で、次の戦いへと積み上がり始めていた。
魔王への手がかりと、それに立ち向かうための力――二つの歩みが、静かに、しかし確実に進み始めていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それぞれの積み重ねが、次の一歩へと繋がっていく回でした。次話もお楽しみに。




