第50話 ダブルクロス
前話の続き、いよいよ本格的な戦闘の回になります。よろしければ最後までお付き合いください。
「――積み重ねてきたのは、俺たちも同じだ」
ジェクスの一言を合図に、十人は同時に地を蹴った。
モレスタスの棍棒が、唸りを上げて振り下ろされる。ドムが盾でそれを受け止めた瞬間、衝撃で体ごと吹き飛ばされた。
「――くっ!」
「無理に受けるな! 捌け!」カイドが叫ぶ。
アリシャの剣が側面から斬りかかるが、モレスタスの姿が、空間ごと歪むようにして消えた。
「――!?」
背後に現れたモレスタスの拳が、アリシャの脇腹を捉える。
「――アリシャさん!」
ジェクスが割って入るが、既にモレスタスの姿は、また別の場所へ移っていた。
「――空間移動、しかも部分的にも使えるのか」ジェクスは奥歯を噛みしめた。全身が消えるのではなく、拳だけ、腕だけを瞬時に移動させる――回避も予測も、通常の理屈では追いつかない。
ジオが槍を突き出すが、届く寸前で空間ごと逸らされ、空を切る。リナの矢は、放った瞬間に軌道を歪められ、明後日の方向へ吸い込まれるように消えた。
「――当たらねえ!」ドムが吼える。
アクセルが、右手の刃に炎を、左手の刃に風を、それぞれ纏わせる。二色の魔力が、刃の上でちらちらと揺れた。
「――合わせろ」
右の炎刃と左の風刃を交差させるように振り抜くと、二つの魔力が重なり合い、燃え盛る旋風となって放たれる。だが、刃が届く瞬間、モレスタスの体の一部だけが数メートル先へ移動し、空振りに終わる。反動で体勢を崩したアクセルの脇腹に、棍棒の一撃が突き刺さった。
「――ぐぅっ!」
「――アクセルさん!」魔法使いの部下が悲鳴じみた声を上げる。
カイドが咄嗟に割って入り、剣で追撃を受け止めるが、たった一撃で骨まで軋むような重さが伝わってきた。
「――これが、SS級すら届かない相手ってやつか」カイドが歯を食いしばる。
ジェクスも、炎を纏わせた一撃を叩き込むが、モレスタスの分厚い皮膚には、浅い火傷を残す程度にしかならなかった。
「――くくく。どうした、積み重ねてきたんじゃなかったのか」
モレスタスが、心底愉快そうに笑う。棍棒の一振りが、防御に回ったジオごと壁際まで薙ぎ払った。
十人がかりで挑んでいるはずなのに、まるで一人を大勢で嬲っているような、そんな錯覚すら覚える一方的な展開だった。傷は増える一方で、決定打は一つも与えられていない。
(――積み重ねが、通用しない)
三十三年分の想定録を、どれだけ辿っても、この差を埋める答えは出てこなかった。それでも、諦めるという選択肢だけは、ジェクスの中に存在しなかった。
「――まだだ」
血の滲む拳を握り直し、ジェクスは再び地を蹴った。だが、その一撃もまた、あっさりと弾かれる。
「――そろそろ飽きてきたな」
モレスタスが、棍棒を大きく振りかぶった、その時だった。
「――そこまでだ」
低く、よく通る声が、広間に響いた。
天井近く、割れた岩の隙間から、一人の男が舞い降りてきた。屈強な体躯、白髪交じりの短髪、腰に提げた二振りの剣。その姿を見た瞬間、アリシャが息を呑んだ。
「――ダブルクロスの、ガレス様!?」
「王都から、お前らの反応を追ってきた。……派手にやられてるじゃねえか」
モレスタスが、興味深そうにガレスを見やった。
「――ほう。ダブルクロスか。少しは楽しめそうだ」
「――厄介な野郎だ」ガレスが、額の汗を拭いながら舌打ちした。「本来なら、こいつを相手にするにはダブルクロスが三人は要る。……生憎、俺一人しか来られなかった。そっちの力も貸してもらうぞ」
「望むところです」ジェクスが即座に応じた。「――皆さんも、隙を作る役に回ってください」
「――油断だけはするな」ガレスが低く言い残し、地を蹴った。
ガレスの二振りの剣が、モレスタスへ襲いかかる。だが、一人がかりでは、モレスタスの余裕を崩しきれなかった。
「――くっ、思ったよりやるな!」
「一人じゃ、足りねえってか」
モレスタスの棍棒が、ガレスの剣を弾き返す。それでも、ガレスの猛攻は止まらなかった。
十人と一人のダブルクロスが、それぞれの持ち場で攻め続ける中、モレスタスの意識は、次第にガレス一人へと集中し始めていた。
(――今だ)
その隙を、ジェクスは見逃さなかった。
「――カイド、行けます!」
「分かってる!」
カイドが、鞘に魔力を溜め、静かに構えを落とす。ガレスとの攻防に気を取られたモレスタスの死角へ、音もなく間合いを詰めた。
だが、その瞬間、モレスタスの手のひらに、禍々しい漆黒の光が渦を巻いた。
「――邪魔だ」
放たれた暗黒の奔流が、カイドへ真っ直ぐに迫る。
「――させるか!」
ジェクスは、迷わずその間に割って入った。想定録の棚に、鮮明な記憶が蘇る。11話、あの街の黒幕が放った、同じ質の暗黒魔法。あの日、反射の魔石で受け止めたその波長を、ジェクスは今も鮮明に覚えていた。
(――この波長、知ってる)
魔眼が捉えた軌道は、迷う間もなく解析を終えていた。観察はもう、一度で十分だった。
剣先に、逆位相の魔力を纏わせる。放たれた暗黒の奔流を、真正面から迎え撃った。
「――なっ!?」
反射された魔力が、増幅されたようにモレスタスへと跳ね返っていく。直撃を受けた巨躯が、大きくよろめいた。
「――今だ!」
その隙を、カイドが見逃さなかった。抜刀。一閃。
「――ぐ、う……!」
モレスタスの脚が、次元ごと断ち切られ、崩れ落ちる。
「――今だ、畳みかけろ!」ガレスが叫ぶ。
その号令に、十人と一人のダブルクロスが、一斉に動いた。アクセルが再び右手に炎、左手に風を纏わせ、交差する二刀の合わせ技を開いた胴へ突き立てる。燃え盛る旋風が、傷口を焼き切るように抉った。アリシャの剣がとどめとばかりに首筋を斬り裂く。
「――ば、かな……油断、したわけでは……」
モレスタスの体が、赤黒い光の粒子となって、崩れるように消えていった。後には、握り拳ほどの大きさの黒い魔石だけが、静かに転がっていた。
「――これも、持ち帰りましょう」
ジェクスは、それを慎重に布で包み、懐にしまった。四天王の魔石が、どんな価値を持つのか――今はまだ、想像もつかなかった。
静寂が戻った広間で、誰もがしばらく、その場に立ち尽くしていた。
「――終わった、のか」カイドが、剣を鞘に収めながら呟く。
「危ないところだったぜ」ガレスが、剣についた血を払いながら笑った。「お前らが隙を作ってくれなけりゃ、俺一人じゃ、もう少しかかってたな」
「――助かりました」ジェクスが頭を下げる。
「礼はいらん。それより――」ガレスの目が、鋭さを帯びた。「四天王の一体だ、今の。この程度で終わる話じゃないぞ」
その言葉に、十人は、あらためて表情を引き締めた。
想定録の棚に、また新しい項目が刻まれていく。だが、埋まったと同時に、また新しい空白が生まれていた。三十三年分の積み重ねの先に、まだ見ぬ道が続いていた。
***
数日後、回収された魔石は、王都の研究施設へと持ち込まれた。四天王の魔石という前例のない代物を前に、王都の研究者たちだけでは手に負えず、各地から専門家がかき集められることになった。
その中には、あのライアスの姿もあった。
「――え、俺も呼ばれるんですか」
急な召集に戸惑いながらも、その目は、隠しきれない興奮に輝いていた。
「魔石の権威として推薦しといた」ガルドナーが、素っ気なく言う。「せいぜい役に立て」
「役に立つも何も……こんな貴重な検体、一生に一度あるかないかですよ!」
ライアスは、研究施設に運び込まれた黒い魔石を前に、震える手でノートを取り始めていた。四天王の力の全容が、この解析からどこまで明らかになるのか――それはまだ、誰にも分からなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
これまで積み重ねてきた仲間たちの力が、ここで一つに合わさる展開になりました。厳しい戦いでしたが、皆さんに楽しんでいただけていたら嬉しいです。
次話もお楽しみに。




