第49話 メンブルム・レギス
大扉の奥で待ち受けていた存在が、ついに名乗りを上げます。この物語で初めて明かされる、大きな真実にもご注目ください。
# 第49話「メンブルム・レギス」
赤黒い両目が、愉悦を含んだ光を灯した。
「――ほう。十人も揃って、随分と賑やかだな」
低く、地の底から響くような声だった。空気そのものが震えるような重みが、声にはあった。
「――何者だ」カイドが、声を絞り出すように尋ねた。
「名乗るほどの相手か、貴様らが」男は、ゆっくりと立ち上がった。三メートル近い巨躯が、玉座から離れる。「まあいい。せっかくだ、教えてやろう。俺の名は、モレスタス」
その名を、ジェクスの想定録が、初めて何かに反応した。だが、拾えたのは断片だけだった。
「――魔王様からは、こう呼ばれている。メンブルム・レギス――魔王の四肢、とな」
「――四天王」ジェクスが呟く。「あんたが、そうなのか」
「四天王、ね。人間どもが勝手につけた呼び名だが、まあ、悪くない響きだ」
モレスタスは、傍らの棍棒を無造作に手に取った。ずしりとした重みが、握った瞬間から伝わってくるようだった。
「――ところで貴様ら、ここがどういう場所か、分かっているのか」
「――ダンジョン、だろう」アクセルが剣を構えながら言った。
「そうだ。だが、貴様らが思っているようなダンジョンではない」モレスタスは、口の端を吊り上げた。「これは、魔王様が作り出した実験場だ。この大陸に、いくつあると思う」
誰も答えなかった。
「――教えてやる。全部だ。貴様らが宝を求めて挑む、あのダンジョンとやらは、一つ残らず、魔王様の手による代物よ」
その言葉に、アリシャが息を呑んだ。
「――嘘、でしょう」
「嘘だと思うなら、それでいい。だが、真実は変わらん」
「――待て」アクセルが、低い声で割り込んだ。「街道で消えた行商人たちは、どうなった」
モレスタスは、心底愉快そうに口を歪めた。
「――ああ、あれか。残念だったな、あいつらは"当たり"じゃなかった」
「――どういう意味だ」
「言葉のままだ。転生者じゃなかったから、大人しくこのダンジョンの贄にしてやった、というだけの話だ」
その一言に、その場の空気が凍りついた。
「――お前」
「あ」モレスタスは、思い出したように片眉を上げた。「――転生者の話は、まだ人間どもには早かったか」
だが、すぐにその表情は、興味を失ったように緩んだ。
「――まあいい。どうせ貴様らも、ここで全員殺す。今更、口を滑らせたところで問題あるまい」
モレスタスは、棍棒の先で、床の紋様をなぞるように示した。
「この場所も同じだ。貴様らのような、欲に目の眩んだ愚か者どもを誘い込み、死体と魔力を吸い上げて育つ。何百、何千という冒険者が、ここで――いや、他のダンジョンでも同じように、無為に朽ちていった」
「――お前」カイドの声に、明確な怒りが滲んだ。
「何を怒っている? 貴様らも、宝と栄光を求めて、勝手に潜っていったのだろう。それが誰の掌の上だったかも知らずにな」
モレスタスは、喉の奥で低く笑った。
「――哀れなものだ。生きるためだと、家族を守るためだと、それぞれ立派な理由を掲げて潜り、そして死んでいった。全部、魔王様の実験の糧になっただけだというのに」
「――黙れ」ジェクスが、静かに、だが明確な声で言った。
「なんだ、怒ったか」モレスタスは、心底愉快そうに笑った。「――そうとも知らずに、バカな生き物だ。貴様らも、その他大勢と、何も変わらん」
棍棒が、軽々と持ち上がる。ただそれだけの動作で、周囲の空気が重く歪んだ気がした。
「――さて。貴様らも、その糧の一つに加わるか。それとも」
赤黒い両目が、細められた。
「少しは、楽しませてくれるか」
十人は、それぞれの得物を構え直した。ジェクスは、想定録の棚に浮かぶ空白を見つめながら、静かに息を整える。
(――バカな生き物、か)
その言葉が、腹の底で静かに燃えていた。
「――教えてやるよ」ジェクスは、剣を構えながら、モレスタスを見据えた。「積み重ねてきたのは、俺たちも同じだ」
最後まで読んでいただきありがとうございました。
モレスタスの口から語られた、ダンジョンの正体と行商人たちの結末——これまで積み上げてきた伏線が、ここで一気に繋がりました。「そうとも知らずに、バカな生き物だ」という嘲笑に、ジェクスたちがどう応えるのか、次話からいよいよ本格的な戦闘です。
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