第47話 道の先へ
蠍が崩れ落ちた後、祭壇の奥に、新たな通路が姿を現していた。
「――ボスを倒すと、道が開ける仕組みか」アリシャが呟く。
「あの石が"ボス"だったんですね、やっぱり」
祭壇の裏、崩れた蠍の残骸の中央に、これまで見てきたものより一回り大きな黒い石が転がっていた。北の森で見たものと同じ、禍々しい輝きを放っている。
「――回収しますか」
「――迷うところね。証拠にはなるけど、下手に刺激したくない」
しばらく考えた末、アリシャは布でそれを包み、慎重に懐へしまった。
「持ち帰って、然るべき筋に預けましょう。うちのギルドか、あなたたちのギルドか――どちらでもいいけど」
新しい通路を進むと、やがて視界が開けた。そこは、これまでの通路とは明らかに違う、広間だった。天井は高く、壁一面に、あの規則的な紋様がびっしりと刻まれている。中央には、大きな噴水のような構造物があり、そこから、透き通った液体がこんこんと湧き出していた。
「――これは」
近づいて確かめると、液体からは、微かに魔力の気配が漂っていた。
「――魔力溜まり、というやつかしら」アリシャが、慎重に距離を保ちながら言った。
「触れても平気でしょうか」
「分からない。むやみに触れるのは、避けた方がいいと思う」
広間の奥、壁に埋め込まれるようにして、大きな扉があった。他の扉とは違い、複雑な紋様が幾重にも重なっている。
「――あそこが、次の層への入口ですね」
「多分ね。……ただ」
アリシャは、扉の前で足を止めた。
「――カイドさんたちと、合流しないまま進むのは危険だと思う。この広間で一旦、休憩を取りながら、何か合流の手がかりがないか探しましょう」
「賛成です」
二人は、広間の隅に腰を下ろした。緊張が解けると同時に、これまでの戦闘の疲労が、じわりと体に染み渡ってくる。
「――少し、休んでおいた方がいいわ。次の層がどんな場所か分からない以上」
「ですね」
沈黙が落ちた。だが、気まずさはなかった。むしろ、これまでの緊張を分かち合った後の、不思議な落ち着きがあった。
「――ねえ」不意に、アリシャが口を開いた。「聞いてもいい? あなた、どうしてそんなに落ち着いてるの」
「――落ち着いて見えますか」
「ええ。初めて見る敵にも、未知の場所にも、ほとんど動じてない。普通、もっと動揺するものだと思うけど」
ジェクスは、しばらく考えてから答えた。
「――昔から、いろんな"もしも"を考えるのが好きだったんです。だから、初めての状況でも、どこかで一度、頭の中で通ってきた道のように感じることが多くて」
「――変わってるわね」
「よく言われます」
アリシャは、小さく笑った。その笑い方に、ジェクスは想定録の棚が、また静かに空白を刻むのを感じた。
(――この人のことは、まだ何も分かっていない)
だが、その空白を埋めたいと思う気持ちだけは、確かにそこにあった。
広間に、湧き出す魔力溜まりの音だけが、静かに響いていた。




