第39話 もう一つの接触
行商人失踪の件を報告した数日後、ギルドの応接室にライアスが駆け込んできた。
「――聞いたか、傭兵ギルド、ルベリオスの話」
「なんです、急に」ジェクスが尋ねる。
「あそこ所属のS級冒険者に、妙な接触があったらしい。……魔族らしき人物からだ」
ガルドナーとカイドも、その場に集まった。
「詳しく話せ」ガルドナーが促す。
「うちの伝手から聞いた話だ。名前はアクセル、腕利きの魔法剣士らしい。ある依頼帰り、街の路地で見た目は普通の人間の男に声をかけられたそうだ」
「見た目は普通、というのは」
「そこだ。……本人いわく、その男から感じた魔力が、冷たすぎたらしい。人間の魔力とは、明らかに質が違ったと」
ジェクスの中で、想定録が反応した。11話の黒幕、35話の丘の人物――どちらとも比較にならない、また別の未知の存在。
「――何を持ちかけられたんですか」カイドが尋ねた。
「個人的に雇いたい、と。しかも、とんでもない額を提示されたそうだ。アクセルは金額の大きさにかえって警戒して、ギルドを通さない話には乗れないと突っぱねて、その場を切り抜けたらしい」
「賢明な判断ですね」
「ああ。だが、それだけじゃ済まない話だ」ライアスの声が硬くなる。「アクセル自身も、只者じゃない。170センチそこそこの体格で、鍛え上げた戦士の五倍近い力を持つらしい。その彼が『あの男には敵わない気がした』と、正直に漏らしたそうだ」
部屋に沈黙が落ちた。
「――五倍の力を持つ男が、そう感じたのか」ガルドナーが低く唸る。
「――それ、ただの魔族じゃないかもしれません」ジェクスが口を開いた。
「――どういうことだ」
「アクセルという人が、通常の戦士の五倍の力を持ちながら『敵わない気がした』と漏らしたなら、格が違いすぎます。魔族の中でも規格外の個体が魔神と呼ばれる、という話でしたよね」
ガルドナーの表情が険しくなった。
「――魔神。それも、剣聖が言っていた四天王の一体、ということか」
「断定はできません。ですが、その可能性を、無視できるほど低いとは思えません」
「行商人の一件と、無関係とは思えません」ジェクスが口を開いた。「街道での失踪、この個人的な接触――どちらも、人間離れした存在が、人間社会の内側に入り込んで動いている、という点で共通しています」
「――狙いは何なんだ」カイドが尋ねる。
「分からない。だが」ジェクスは、これまでの情報を頭の中で並べた。焚き火の跡、規格外の転移魔法、そして今回の個人的な勧誘。
「――何かを、集めようとしている気がします。人か、力か、あるいはその両方か」
ガルドナーは、しばらく黙って考え込んでいた。
「――ライアス、ルベリオスとの伝手は生きてるか」
「多分。あそこのギルドマスターとは、何度か情報交換したことがある」
「繋いでくれ。うちの一件と、向こうの一件、突き合わせておく必要がある」
ライアスが頷き、部屋を後にした。残されたジェクスとカイドに、ガルドナーが向き直る。
「――お前らも、心構えをしておけ。行商人の捜索、いずれ本腰を入れることになる」
「望むところです」カイドが即答した。
ジェクスは、想定録の棚を静かに辿った。ゼインという名前も、四天王という言葉も、まだそこには何一つ書き込まれていない。だが、その空白が、確実に埋まりつつある予感だけはあった。
「――行きましょう。準備はできています」
窓の外、夕暮れの空を見上げながら、ジェクスは小さく息を吐いた。三十三年分の積み重ねが、また一つ、新しい局面へと動き出そうとしていた。




