第38話 消えた行商人
剣聖のもとから帰ってきたジェクスとカイド。今回は、街での日常・A級としての新しい依頼をこなす中で、思わぬ形で魔族の影に触れることになります。
剣聖のもとから帰ってきて数日、ギルドの掲示板には、見慣れない色の依頼書が貼られていた。
「――A級指定、か」
ジェクスがそれを手に取ると、隣からカイドが覗き込んだ。
「行商人の一団が、街道の途中で消えたって話か。物騒だな」
依頼書には、隣国との交易路を定期的に往復していた行商人一行が、三日前を最後に音信不通になっている、とだけ書かれていた。荷馬車も、護衛の冒険者も含めて、五人が忽然と姿を消したという。
受付でガルドナーに詳細を確認すると、彼は難しい顔で腕を組んだ。
「――正直、嫌な予感がする」
「魔物の襲撃、じゃないんですか」
「魔物なら、荷馬車くらい残る。血の跡も、争った形跡もない。まるごと、忽然と消えた、としか言いようがない」
ジェクスとカイドは、その日のうちに現場へ向かった。街道を馬で行けば半日かかる距離だったが、二人にはもっと速い手段があった。
「――お前、いつの間に飛べるようになったんだ」
並んで空へ舞い上がりながら、カイドが声を張った。
「街に戻ってから、少しずつな。お前は?」
「俺も修行の途中で、剣聖に叩き込まれた。……もっとも、俺のは滞空がやっとで、速度はてんで駄目だ」
言うが早いか、カイドの高度がみるみる落ちていく。ジェクスは苦笑し、隣に並んだカイドの腕を掴んで引き上げた。
「――悪ぃ、頼む」
「まだ修行中ってことだろ。気にするな」
そのまま、ジェクスがカイドを抱えるようにして飛行速度を合わせる。軽口を交わしながらも、二人とも、目の前の依頼の重さを忘れてはいなかった。
街道の途中、行商人一行が最後に目撃された地点には、確かに荷馬車の轍だけが残っていた。争いの痕跡は一切ない。
「――ここで、消えた」
カイドが轍の終点にしゃがみ込み、地面を観察する。
「妙だな。轍がここでぷつりと途切れてる。馬が急に消えたみたいに」
ジェクスは周囲を見渡した。人も馬も、荷物ごと丸ごと消える現象――想定録の棚を探っても、該当する記録は何もない。
「――転移、でしょうか」
「魔法での転移か? だが、そんな規模の魔法、聞いたことねえぞ」
轍の途切れた場所の中心、地面に小さな焦げ跡があった。ジェクスはしゃがみ込み、その跡に触れる。
(――これは)
指先に、覚えのある感触があった。北の森で見た、あの黒い石と同じ、禍々しい気配の残滓。
「――カイド。これ、北の森の石と同じ気配がする」
カイドの顔が、一気に険しくなった。
「――魔族が、人間を攫った、ってことか」
「断定はできない。だが、可能性は高い」
二人は焦げ跡を布に包み、周辺をさらに調べた。焦げ跡から少し離れた茂みの中で、ジェクスは小さな布切れを見つけた。行商人の誰かが身につけていたと思しき、ちぎれた布の一部だった。
「――これも持ち帰りましょう」
街に戻り、ライアスに焦げ跡を鑑定してもらうと、彼の顔は見る間に青ざめていった。
「――北の森の石と、完全に同じ反応だ。それに、これ」
ライアスが焦げ跡を光にかざす。
「転移魔法の残滓だと思う。それも、俺が知ってるどの転移魔法とも違う、桁違いの規模のものだ。五人がかりの荷馬車ごと、一瞬で持ち去るなんて芸当、人間の技術じゃ不可能に近い」
「――魔族の仕業、で間違いないですね」
「多分な。……なあ、これ、ガルドナーさんに報告した方がいい。俺の手には負えない話だ」
その夜、報告を受けたガルドナーは、しばらく黙り込んだ後、重い口を開いた。
「――剣聖から聞いた話、覚えてるか」
「四天王、ですか」
「ああ。もし本当にその一体が動いてるなら、行方不明の連中も、無関係じゃないかもしれん」
部屋に沈黙が落ちた。
「――生きてる可能性は」ジェクスが尋ねた。
「分からん。だが、可能性がある限り、放置はできん」
ガルドナーは机の上に地図を広げ、行商人が消えた地点に印をつけた。
「――この街道、隣国との境に近い。もし魔族の拠点がこの近くにあるなら、国境を跨いだ捜索が必要になる」
「A級になったのは、こういう時のためですね」カイドが低く言った。
「そういうことだ。……だが、慎重にいけ。相手の底が見えん以上、無茶な突入は自殺行為だ」
ジェクスは、地図に描かれた印をじっと見つめた。
(――想定録に、また新しい空白が増えた)
三十三年分の積み重ねも、この空白を埋めるにはまだ足りない。だが、それでも構わなかった。
(――埋めればいい。それだけの話だ)
窓の外、夜の街に灯る明かりを眺めながら、ジェクスは静かに拳を握った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
行商人の失踪という、一見小さな依頼が、北の森の一件と繋がっていく——そんな回でした。ジェクスとカイド、二人ともが飛行を使えるようになっていたのも、この半年強の積み重ねの証です(速度に差があるのはご愛嬌です)。
「四天王」の存在が、いよいよ現実の被害と結びつき始めました。生死不明の行商人たちの行方、そして国境を跨ぐことになるかもしれない今後の捜索——物語は少しずつ、大きなスケールへと動き出しています。
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