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「異世界?それも想定内だ。33年間、あらゆる可能性を生きてきた男」  作者: JX


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第37話 そこしれぬ力

前話に続き、ジェクスと剣聖の手合わせをお届けします。積み重ねてきた力が、初めて「届かない」相手にぶつかる回です。

# 第37話「底が見えない」


木刀を構えた瞬間、ジェクスは自分の呼吸が、いつもより浅くなっていることに気づいた。


(――緊張してるのか、俺が)


三十三年間、あらゆる状況を想定してきた。だが、目の前の相手に対する想定は、想定録のどこを探しても、驚くほど何も出てこなかった。


「――遠慮はいらん。来い」


剣聖の声が、静かに稽古場に響いた。


ジェクスは地を蹴った。三十三年分の我流――型のない、けれど無駄のない踏み込み。剣聖の懐に、瞬時に距離を詰める。


――だが、届かなかった。


気づけば、剣聖は最初の位置から一歩も動いていないように見えた。それなのに、ジェクスの木刀は空を切り、体勢だけが大きく流れていた。


「――今のは」


「見えなかったか」


剣聖は、木刀を軽く一振りした。ただそれだけの動作で、間合いを詰めたはずのジェクスの体勢が、なぜか崩されている。


(――躱されたんじゃない。誘導された)


ジェクスは即座に立て直し、再び踏み込んだ。今度は、相手の重心の動きを注視しながら。だが、剣聖の木刀が振られる直前、その気配すら読み取れなかった。乾いた音とともに、木刀が弾かれる。


「――くっ」


手のひらに走った衝撃に、思わず声が漏れた。


「型がないというのは、聞いていた通りだな」剣聖が、淡々と評した。「だが、型がないことと、読めないことは、別の話だ」


「――教えてください。何が違うんですか」


「お前の動きは、確かに独創的だ。だが、根っこにある発想そのものは、地球とやらで培った常識の延長線上にある。俺には、次にどう動くか、大体の見当がつく」


その一言が、ジェクスの中で重く響いた。三十三年分の積み重ねは、確かに未知の世界で通用してきた。だが、その"未知"は、あくまでジェクス自身の物差しで測った未知でしかなかったのかもしれない。


「――もう一度、お願いします」


「いいだろう」


三度目の踏み込みで、ジェクスは戦法を変えた。想定録を頼らず、目の前の一瞬一瞬の感覚だけを頼りに、体を動かす。読まれることを前提に、あえて読みを外すための、無駄な動きをあえて混ぜ込む。


わずかにだが、木刀が掠った。


「――ほう」


剣聖の目に、初めて興味の色が浮かんだ。


「読まれることを、逆手に取ったか。悪くない」


だがそれも、一瞬だった。剣聖の体捌きが、それまでよりも一段階速くなる。ジェクスの木刀は、あっさりと弾き飛ばされ、乾いた音を立てて床に転がった。


「――そこまでだ」


肩で息をしながら、ジェクスは床に転がった木刀を見つめた。悔しさよりも先に、奇妙な満足感が込み上げてくる。


「――ありがとうございました」


「礼を言うようなことはしていない。ただ、少し遊んだだけだ」


剣聖は木刀を壁に立てかけ、椅子に座り直した。


「――お前の力、大体分かった。積み重ねてきたものは、確かに本物だ。だが、まだ底が浅い」


「底が浅い、ですか」


「地球での常識、この世界での経験、ギフトの力――全部、お前という一人の人間の枠の中で完結している。それ自体は悪くない。だが、魔王の腹心とやり合うには、いずれその枠を超える必要がある」


「枠を超える、というのは」


「今のお前には、まだ早い話だ」


剣聖はそう言って、話を切り上げた。だが、その目には、突き放すような色はなかった。むしろ、何かを見極めるような、静かな観察の色が残っていた。


「――カイド」剣聖が、稽古場の隅で見守っていたカイドに声をかけた。


「はい」


「お前も、まだ底が浅い。だが、お前の場合は、底の浅さを埋める方法を、もう知っている」


「――続ける、ってことですか」


「その通りだ」


剣聖は立ち上がり、稽古場の窓の外――夕暮れに染まり始めた空を見上げた。


「――魔王の腹心が、本当にこの大陸で動いているなら、遠からず、俺自身も動くことになるだろう。その時は、また会うことになる」


「――楽しみにしています」ジェクスが言った。


「減らず口はカイドと同じだな」


剣聖は、初めてわずかに笑った。それだけで、稽古場の空気が少しだけ和らいだ気がした。


帰り道、夕焼けの下を歩きながら、ジェクスは自分の手のひらを見下ろした。木刀の柄で擦れた痕が、じんわりと熱を持っている。


(――底が浅い、か)


三十三年分の積み重ねに、まだ底がある。そう言われて、恐怖よりも先に感じたのは、また新しい高揚だった。


(――なら、掘り下げればいい。それだけの話だ)


隣を歩くカイドが、ふと口を開いた。


「――どうだった、剣聖は」


「想定録に、まだ何も書き込めていない」


「だろうな。俺も未だにそうだ」


二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。夕焼けの道を、二つの影が並んで進んでいった。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

これまで危なげなく勝ち続けてきたジェクスが、初めてはっきりと「底が浅い」と言われる回でした。三十三年分の積み重ねは本物だが、それでもまだ超えるべき壁がある——この感覚を、これからの物語の推進力にしていきたいと思います。

剣聖の「魔王の腹心が動くなら、俺も動く」という一言も、今後の大きな伏線です。

次話では、街に戻ってからの日常と、次なる展開への準備を描いていく予定です。

感想・評価いただけると励みになります。次話もお楽しみに。

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