第35話 破壊を積み重ねた男
今回は少し変わった構成で、ジェクス側ではなく、丘の木立に潜んでいた”あの人物”の視点でお届けします。
名前もまだ明かされません。ですが、この物語のもう一つの側面が、ここで初めて姿を見せます。
――丘の木立の陰、闇に溶け込むようにして、その男は立っていた。
ジェクスが街に戻った、その日の夜のことだった。思い出の丘に一人で立ち寄り、しばらく景色を眺めていた、あの時間。
遠くに、街の灯りが見える。名も知らない、あの男が、つい今しがた見つめていた景色と、同じものを見ていた。
(――何者だ、あれは)
一瞬だけ視線が合った気がしたが、それだけだった。姿を消すのは造作もない。飛んで離れれば、それで済む話だ。何を背負っているのかも知れない、ただの気配だけが、妙に引っかかっていた。
夜空へ舞い上がりながら、男は静かに笑った。
(――積み重ね、か。勝手にそう思っただけだが)
自分にも、似たような時間があった。ただし、積み重ねてきたものの中身は、まるで違う。
***
――現世にいた頃のことを、男はよく覚えている。
仕事は、いつも中途半端なところで躓いた。恋人はできても、長くは続かなかった。友人と呼べる相手も、気づけば離れていった。何をやっても、うまくいかない。理由を探すたび、結局、自分自身に行き着いた。
暇な時間ほど、始末に負えないものはなかった。何もすることがない夜、男はいつも同じ想像をした。
――この世界が、全部壊れたら、どんなに楽だろう。
災害。戦争。疫病。ありとあらゆる崩壊のシナリオを、男は飽きることなく思い描き続けた。誰かを助けるためではない。ただ、壊れていく様を、見てみたかった。それだけだった。
だから、天界であの声を聞いた時も、迷いはなかった。
「――お前の望む力を、想像しろ」
十秒。短い時間だったが、男には十分すぎるほどだった。何しろ、もう何年も前から、飽きるほど思い描いてきたのだから。
未来を見通す目。触れずとも相手を呑み込む、黒い雷。空を支配する自由。
――一度きりでいい。その代わり、限界まで壊せる力をくれ。二度と使えなくていい。この身から二度と解除されなくていい。その分だけ、上限を振り切らせろ。
男は、あの十秒でそう願った。都合の良い力には、相応の代償がいる。それを差し出したのは、他でもない自分自身だった。
***
丘の上空、闇に紛れて滑空しながら、男は先ほど見た景色を思い返していた。
(――あの目の据わり方、只者じゃないとは思ったが。何を積んできた男なのか、次に会う時にでも聞いてやる)
同じ仕組みを持ちながら、辿り着いた場所がここまで違う。それが、男にはひどく滑稽に思えた。
(――救う側と、壊す側。同じ十秒を使って、正反対の願いを叶えた)
笑いがこみ上げてきた。声には出さなかったが、肩が小さく震えた。
(――いずれ、確かめさせてもらう。お前の積み重ねが、俺の想像より優れているかどうか)
未来を見通す目に、遠くない先の光景が、うっすらと浮かんでは消えていく。まだ像は結ばない。だが、そう遠くない日に、あの男と正面から向き合う日が来る――その予感だけは、確かにあった。
男は、闇の中へ音もなく消えていった。
後には、夜風だけが、丘の木立を静かに揺らしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ジェクスと同じ十秒、同じ天界の声を聞き、それでも辿り着いた場所がまるで違う——そんな対比を描きたくて、今回は視点を変えてみました。
「救う」ことを想像したジェクスと、「壊す」ことを想像したこの人物。同じ仕組みを持つ二人が、これからどう交わっていくのか、まだしばらくは焦らずに進めていきます。
この人物の名前や正体が明かされるのは、もう少し先になりそうです。気長にお付き合いいただけたら嬉しいです。
感想・評価いただけると励みになります。次話もお楽しみに。




