第34話 剣士とは
剣聖からの手紙をきっかけに、カイドがようやく重い口を開きます。修行の旅で何があったのか——薪割りの日々から、正体判明、そして本格的な稽古まで、今回まとめてお届けします。
少し長めの回想回ですが、よろしければ最後までお付き合いください。
剣聖からの手紙が届いた、その数日後の夜だった。
ギルドの裏庭で、カイドは手紙を懐から取り出し、何度目かも分からない様子でもう一度読み返していた。
「――なあ」
焚き火を囲んでいたジェクスとフィーレに、カイドがぽつりと切り出した。
「この間、怖気づいて逃げ出したかって聞かれたよな。あの時は誤魔化したが……ちゃんと話しとくか。あの人のこと」
手紙をもう一度懐にしまい、カイドは焚き火に薪をくべた。
「聞かせてもらおうか」フィーレが身を乗り出す。
カイドは剣を膝に乗せ、炎を見つめながら語り始めた。
***
――半年以上前。
旅立って3ヶ月、当てもなく国境を越え続けたカイドは、東の辺境、名も知れない小さな集落の外れに辿り着いた。腕試しの依頼すら回してもらえない日々に、苛立ちだけが募っていた頃だった。
集落の外れに、一軒の小屋があった。庭先で薪を割る、小柄な老人の姿があった。ただの木こりにしか見えなかった。
「――弟子にしてください」
事情を話せば、いずれ黒豹ギルドに話が伝わりかねない。カイドは故郷の名を伏せ、ただの旅の剣士として頭を下げた。
老人は一瞥もくれずに言った。
「薪を割れ。水を汲め。話はそれからだ」
以来、2ヶ月の間、剣を握らせてもらえた日は一度もなかった。ひたすら薪を割り、井戸から水を運ぶだけの日々。
「――いつまでこれを続けりゃいいんですか」
我慢の限界に達し、そう食ってかかった日のことを、カイドは今でも覚えている。
「教える気がないなら、最初からそう言ってください」
老人は、薪割りの手を止めた。振り返ったその目に、それまで見たこともない鋭さが宿っていた。
「――お前、剣を振るう時、何を考えている」
「――何って」
「力任せに叩き潰す以外に、何を考えている、と聞いている」
言葉に詰まった。ジェクスと出会ってから、ずっと感じてきた焦りと苛立ちが、力の入れ方にそのまま出ていた自覚はあった。だが、それ以外の答えを持っていなかった。
「――それだ。お前の剣には、それしかない」
老人は、ため息とともに、小屋の奥から一振りの木刀を取り出した。
「見ておけ」
構えた瞬間、空気が変わった。
年老いた小柄な体のどこに、これほどの気配が眠っていたのか。木刀を一振りしただけで、周囲の空気が唸りを上げた。カイドはその場から一歩も動けなかった。膝が、勝手に震えていた。
(――何だ、これは)
これまで見てきたどんな剣士とも、格が違った。極限まで削ぎ落とされた、無駄のなさだった。
「――お前」
震える声で、カイドは尋ねた。
「まさか」
「気づくのが遅い」
老人は木刀を下ろし、初めて口の端をわずかに緩めた。
「マスターオブソードのギルドマスターと言えば、伝わるか」
「――剣聖」
その名を、カイドは呆然と呟いた。物心ついた頃から、剣を志す者なら誰もが一度は耳にする名だった。まさか、薪割りをさせられていた相手が、その本人だったとは。
「な、なんで最初に名乗らなかったんですか!」
「名乗れば、お前は俺の名だけを見て、俺自身を見なくなる。それだけの話だ」
その一言に、カイドは返す言葉を失った。
「――お前が薪を割り、水を汲んでいた2ヶ月、俺はずっとお前を見ていた。手を抜かず、腐らず、黙々と続ける奴かどうかをな」
「……それが、稽古だったんですか」
「ああ。剣の技より先に、続ける力があるかどうかを見た。お前には、それがあった」
その日から、ようやく剣を握ることを許された。
力任せに叩きつける癖を、一から矯正された。無駄な動きを削ぎ、相手の呼吸を読む間合いを、体に叩き込まれる日々。型を覚えるだけで3ヶ月、それを実戦で使えるようになるまで、さらに3ヶ月。
最後の一月は、毎日一本、剣聖に挑み、毎日負け続けた。
「――取れたのは、最終日だけだった。それも、向こうが手加減してくれたのか、本気で取らせてくれたのか、今でも分からない」
その一本を境に、剣聖はカイドを、マスターオブソードの門下生として正式に迎え入れた。書類上だけの、名ばかりの所属だったが、それでも確かな居場所だった。
「――でも、あの一本のおかげで、確信できた。もう、昔の俺じゃないってな」
***
「――というわけだ」
焚き火の前で、カイドは話を締めくくった。
「正体を知ってからの半年は、そりゃあもう地獄だったよ。だが、あの2ヶ月がなけりゃ、今の俺はねえ」
「へえ」フィーレが感心したように腕を組んだ。「あんた、とんでもない拾われ方したのね」
「本人には、絶対言うなよ。今更あらたまって礼なんか言われても、あの爺さん、絶対うるさく言い返してくる」
カイドは、そう言って苦笑した。だが、その顔には、以前のような焦りはどこにもなかった。
ジェクスは、その横顔をしばらく眺めていた。
(――誰にも見せない場所で積み重ねたものが、いつか誰かに見出される。……悪くない話だ)
三十三年間、誰の目にも触れない場所で積み重ねてきた自分自身と、どこか重なる話だった。
「――それで、その剣聖様は、いつかまた顔を出すのか」ジェクスが尋ねた。
「もう手紙が来てるだろ。忘れたのか」
「ああ、そうだったな」
軽口めいたやり取りの裏に、これから訪れるだろう対面への、隠しきれない緊張が滲んでいるのを、ジェクスは見逃さなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「剣の技より先に、続ける力があるかどうかを見た」——剣聖のこの一言に、この作品全体に通じるテーマ(積み重ねの価値)を重ねたつもりです。ジェクスとは違う形で、カイドもまた、誰にも見せない場所で積み重ねてきた男だったという答え合わせの回でした。
これで、カイドの修行時代についてはひとまず語り尽くしました。次話以降、いよいよ剣聖その人との対面、そして魔族との対峙に向けて、物語が動き出していきます。
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