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「異世界?それも想定内だ。33年間、あらゆる可能性を生きてきた男」  作者: JX


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第33話 あの人の差し金

カイド宛に、差出人不明の一通の手紙が届きます。差出人の正体は、もうお気づきの方も多いかもしれません。

短い文面の中に滲む、剣聖らしい厳しさと不器用な激励——よろしければ最後までお付き合いください。

数日後、街に届いた郵便の中に、差出人の記されていない一通の手紙が紛れ込んでいた。宛先はカイド。


「――何だこれ」


蝋で封をされただけの、簡素な手紙だった。だが、その蝋の押し方一つにも、無駄のなさが滲んでいる。カイドは封を切る前から、なんとなく差出人の見当がついているようだった。


開けてみると、達筆な短い文面が並んでいた。


『息災か。噂は届いている。魔族が絡んだ一件、随分と派手にやったようだな。


 薪を割っていた頃のお前なら、こんな話を聞く前に怖気づいて逃げ出していただろう。今はどうだ。


 詳しい話は、いずれ顔を合わせた時にでも聞かせろ。――剣聖』


「……マジかよ」


食堂でその手紙を読んだカイドが、天井を仰いだ。


「あの人、なんでもう知ってるんだ」


「弟子の動向くらい、把握してて当然だろ」ジェクスが茶化す。


「茶化すなよ……いや、でも」カイドは手紙を読み返し、ふと真顔になった。「これ、逆に考えると、あの人があの一件について、何か勘付いてたってことにならないか」


その指摘に、ジェクスも思考を巡らせた。


「――剣聖は、マスターオブソードのギルドマスターだ。ということは」


「ああ」カイドが頷く。「あの人はもう、魔族の先に何がいるかまで、全部知ってる立場だ。ギルドマスターってのは、そういう真実を明かされる側の人間だからな」


「なら、俺たちが今知ったばかりのことも、あの人にとっては今更の話ってわけか」


「かもな。……いや、むしろ」カイドの表情が引き締まった。「あの人が今このタイミングで手紙をよこしてきたこと自体、単なる世間話じゃない気がしてきた」


ジェクスは、その一文――「薪を割っていた頃のお前なら、怖気づいて逃げ出していただろう」を、もう一度目で追った。


「――挑発してるのか、これ」


「挑発なのか、試されてるのか。あの人の場合、どっちもあり得る」


カイドは苦笑しながら、手紙を大事そうに折りたたんだ。だが、その口元には、隠しきれない誇らしさが滲んでいた。かつて薪割りだけをさせられていた自分と、魔族の一件に足を踏み入れた今の自分――その差を、他でもない師匠の手紙で、あらためて実感しているようだった。


「――なあ、ジェクス」


「なんだ」


「今度、あの人に会いに行かないか。国を跨ぐ依頼を受けられるようになったら、どのみち一度は顔を出すべき相手だ」


「お前の師匠に、俺も同行していいのか」


「むしろ紹介したい。あの人、一度会った人間のことは、絶対に忘れないタイプだ。……お前のことも、多分もう知られてる気がするけどな」


ジェクスは苦笑した。三十三年分の想定録にも、まだ「剣聖」という項目に該当する情報は、ほとんど何もない。棚の奥にぽっかりと空いた空白を眺めながら、そこに何が書き込まれることになるのか、想像すらつかない自分を、ジェクスは意外と楽しんでいる自覚があった。


「――会うのが、楽しみだな」


「面倒事の匂いしかしねえけどな」


そう言いながらも、カイドの声には、隠しきれない期待が滲んでいた。手紙を懐にしまい込む仕草には、旅立つ前には見られなかった、確かな誇らしさがあった。


「――一つだけ、聞いていいか」ジェクスが尋ねた。


「なんだ」


「怖気づいて逃げ出す、って部分。あの頃のお前、本当にそうだったのか」


カイドの手が、一瞬止まった。


「――否定はしねえよ。最初の一月なんて、夜逃げ同然に逃げ出そうと思ったことが、一度や二度じゃなかった」


「それでも、残ったんだな」


「残った理由なんて、大したもんじゃねえ。ただ、お前に――いや、お前だけじゃねえ。誰にも、今の自分のまま終わりたくなかった。それだけだ」


その言葉に、飾り気は何もなかった。だからこそ、重みがあった。


窓の外、街の喧騒が遠くに響いていた。剣聖という人物が、この物語の中でどんな役割を果たすことになるのか――ジェクスにもまだ、その全貌は見えていなかった。だが、想定録に空白があるという事実そのものを、もう恐れてはいなかった。


(――積み重ねてきたものが、また新しい誰かと交わろうとしている)


その予感だけが、確かに胸の奥で灯っていた。


最後まで読んでいただきありがとうございました。

「薪を割っていた頃のお前なら、怖気づいて逃げ出していただろう」——この一文に、剣聖なりの激励を込めたつもりです。素直に褒めることをしない代わりに、かつての弟子の成長を、こういう形でしか伝えられない不器用さも、彼らしさだと思っています。

また、ジェクスがカイドの過去の弱さに踏み込む場面も、今回新しく加えました。飾らない本音のやり取りは、この二人の関係性の中で、これからも大事にしていきたい部分です。

剣聖との対面は、まだ少し先になりそうです。次話以降の展開にもご期待ください。

感想・評価いただけると励みになります。次話もお楽しみに。

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