第27話 戻ってきた場所
王都での騒動から一転、街への帰還回になります。ドルガン・フィーレとの再会、街の空気の変化、そして久しぶりに訪れた思い出の丘での一幕を描いています。
静かな回に見えるかもしれませんが、終盤にちょっとした引っかかりを仕込んでいます。楽しんでいただけたら幸いです。
見慣れた城壁が地平線に見えてきたのは、王都を発ってから半日が過ぎた頃だった。
高度を落としながら、ジェクスは眼下に広がる街並みを眺めた。何も変わっていないはずなのに、離れていた数十日の分だけ、どこか違って見える。
門番は、以前とは別の顔だった。身分証を見せると、驚いたように目を見開いた。
「――お前さん、王都の一件の。噂は届いてるぞ。倉庫街の乱戦、二十人がかりの闇ギルド相手に一歩も引かなかったって話だ」
「大げさですね、それは」
「謙遜すんな。今じゃギルドの新人連中が、お前の名前を出して息巻いてるくらいだ」
苦笑いを返しながら、ジェクスは門をくぐった。
***
ギルドの扉を開けると、受付の女性が真っ先に気づいて声を上げた。
「――お帰りなさい! 王都からの報告、もう届いてます。お怪我はありませんか?」
「多少はありましたが、もう塞がってます」
「相変わらずですね、それ」
受付の奥から、聞き覚えのある声がした。
「――帰ったか」
顔を出したのはドルガンだった。心なしか、以前より肩の力が抜けて見える。
「兄貴から聞いたぞ。王都で派手にやったんだってな」
「派手にやったのは、俺じゃなくてカイドの方です」
「あいつも変わったな。……いや、正確には、戻ったって言うべきか」
ドルガンは何かを思い出すような顔をして、少しだけ笑った。
「お前と組む前のあいつは、もっと気安い奴だったんだよ。養子になってからしばらくは、な」
「そうだったんですか」
「まあ、本人には言うなよ。照れて機嫌悪くなるだけだ」
その後、街に残っていたフィーレとも顔を合わせた。彼女は相変わらずの飄々とした調子で、ジェクスの怪我の具合を一通り確かめると、こう言った。
「――王都の連中と組んでみて、どうだった」
「学ぶことは多かったです。特に、想定が効かない相手が多くて」
「ふうん」フィーレは意味ありげに笑った。「そういう相手が増えてきたなら、あんたも一人前ってことね」
***
その日の夜、ジェクスは久しぶりに、街の外れにある丘に足を運んだ。転移してきた直後、初めてこの街の輪郭を見つけた場所――正確には、あの日はまだ草原の只中だったが、今は見晴らしのいい丘として整備が進んでいた。
夜風に吹かれながら、ここまでの日々を思い返す。
三頭の獣に浅く傷を負わされたこと。オークの群れとの初戦闘。ヴォルカニスの牙。カイドとの出会いと、彼の旅立ち。そして、まだ正体の掴めない敵と、想定録の外側にいる相手。
(――積み重ねてきたものが、間違ってなかったのは確かだ。だが、それだけで測れない世界の広さも、ようやく分かってきた)
風に揺れる草の音の向こうに、何かがちらりと動いた気がした。
振り返る。だが、そこには誰もいない。ただ、遠くの木立の影が、風に揺れているだけだった。
(――気のせいか)
そう思いかけて、ふと足を止める。想定録の棚のどこにも、今の感覚を説明する項目はなかった。旧市街で感じたのと同じ、分類できない違和感――それが、ほんの一瞬、確かにそこにあった。
木立の奥、闇に紛れるようにして、誰かが静かに佇んでいた。
顔は見えない。声もない。だが、こちらを見ている――そんな確信だけが、ジェクスの背筋を撫でていった。
瞬きをする間に、その気配は消えていた。
しばらく木立を見つめ続けたが、動くものは何もなかった。
「――気のせい、で片付けるには、少し多すぎるな」
小さく呟いて、ジェクスは丘を後にした。
街の灯りが、遠くに温かく灯っている。積み重ねてきたものが、これからも自分を支えてくれる。そのことだけは、確信していた。
だが、その積み重ねが通用しない何かが、静かにこちらへ近づいてきている――そんな予感もまた、拭いきれないまま残っていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
王都編がひと段落し、日常に戻る回でした。ドルガンの何気ない一言(カイドが養子になった当初はもっと気安かった、という話)は、今後のカイドの掘り下げにつながる小さな伏線です。
そして丘での一幕——想定録が説明できない気配。旧市街で感じたものと同じ違和感が、再び姿を見せました。これが何なのか、まだしばらくは明かされません。少しずつ育てていく大きな伏線になる予定です。
次話では、街での日常と、ライガーを迎える準備の様子を描いていく予定です。
感想・評価いただけると励みになります。次話もお楽しみに。




