第23話 倉庫街の夜
いよいよ、オークション会場への突入です。潜んでいた者たちが、次々と正体を現します。
夜の帳が降りた王都の外れ、倉庫街は昼間の喧騒が噓のように静まり返っていた。積み上げられたコンテナの陰、ジェクスたち一団は息を潜めて合図を待っていた。
「――そろそろだな」
隣に立つバルドが、大盾を握り直す。リヒトは既に矢をつがえ、屋根の上から死角を見張っていた。
「来た」
ドノヴァンからの音の合図だった。低く短い、耳の奥に直接響くような信号。オルグレンが即座に片手を上げる。
「――突入!」
その一声で、静寂が割れた。
バルドが先頭を切り、倉庫の扉を大盾ごと蹴破る。土属性で強化されたその一撃に、扉は木片となって吹き飛んだ。
「うるさいぞ、招かれざる客だ!」
内部の見張りが叫んだ瞬間、リヒトの雷矢が二本、正確にその男の両肩を貫いた。声を上げる間もなく、男は崩れ落ちる。
「――遊撃、行きます」
ジェクスとアリシャは、隊列の脇から建物の奥へと切り込んだ。倉庫の内部は迷路のように区切られ、首に枷を嵌められた人影がいくつも見えた。奴隷にされた人々だった。
枷は鈍く銀色に光っていた。ミスリル製――貴重な商品として売り捌く以上、力任せに引きちぎられては困る。だからこそ、逃亡を封じるためだけに、そんな高価な素材が惜しみなく使われていた。
「アリシャさん、ここは」
「――厄介ね。普通の力じゃ、傷一つつかない」
アリシャが枷に手をかざす。ジェクスは想定録を開いた。
――アリシャ副団長、魔力属性は時間。触れた対象の時間を操作する力と聞いていたが、実際に使うところを見るのは初めてだ。
「私の力は、時間を戻すか、進めるか。傷ついた物なら戻して直す。でも、これは違う」
アリシャの手のひらに、淡い光が集まっていく。
「傷んでも壊れてもいない物を壊すには、進める側しかない。時間を先へ送って、劣化そのものを追い越させる」
枷の中で、時間だけが猛烈な速度で進んでいく。頑丈なはずのミスリルの表面が、何十年、何百年分もの錆と腐食を一瞬で背負わされ、白く脆く朽ちていった。
「――これで」
軽く握りしめただけで、枷はぼろぼろと崩れ落ちた。
「――そういう使い方も出来るんですね」
「感心してる暇はないでしょう」
崩れ落ちた枷の欠片を、ジェクスは拾い上げた。手のひらの上で、想定録が違和感を刻む。
――ミスリル製の首輪。奴隷の逃亡防止だけが目的にしては、明らかに金がかかりすぎている。
「奴隷商人が、これだけの物を用意しますか」
「――普通は、しないでしょうね」
アリシャも、同じ違和感を覚えていたらしい。それ以上は言葉にならないまま、二人は先を急いだ。
苦笑するアリシャに背を向け、ジェクスは奥へと進んだ。
***
倉庫の中央、広い競売場と思しき空間で、複数の敵が待ち構えていた。カイルの炎が一人を吹き飛ばし、ミアの氷が足元を凍らせて動きを封じる。セラの光が、傷ついた仲間たちを次々と癒していく。
「――お前ら、多すぎだろ!」
叫んだ敵の一人が、悲鳴とともに沈黙した。振り向いた時には、何が起きたのかも分からなかっただろう。影から影へ、音も立てずに移動し、急所だけを的確に突く一撃。
「ノクス、か」
ジェクスが呟いた時には、もう次の敵の背後にその姿はあった。姿を見せているのに、まるで見えていないかのような気配の消し方。想定録が、瞬時に一項目を刻む。
――ノクス、実戦での立ち回り。気配遮断、対人特化。一撃必殺。想像以上の練度。
だが、その戦場の一角で、明らかに異質な動きをする者が一人いた。
フードの人物だった。
体術主体の動きに、時折、魔法による身体強化が滑らかに織り交ざる。剣を持たず、拳と蹴りだけで敵を沈めていくその動きには、見覚えがあった。
「――その動き」
ジェクスが目を細めた瞬間、フードの人物の拳が、敵の一人を弾き飛ばした。勢いでフードが後ろへ流れ、素顔が露わになる。
「――久しぶりだな」
長い髪を後ろで束ね、以前よりも研ぎ澄まされた目つきをした男が、そこに立っていた。
「カイド……!?」
「――修行の成果、少しは見れる形になっただろう」
カイドはニヤリと笑い、拳を構え直した。
「体術と魔法を両立させろって言われてから、ずっとこれをやってた。驚いてる暇はないぞ、ジェクス」
再会の余韻に浸る間もなく、奥からさらに数を増した敵が押し寄せてくる。
「――積もる話は後だ」
「ああ、そうだな」
二人は、まるで最初からそうしていたかのように、背中合わせに構えた。
まさかの再会と共に、戦いはいよいよ本格化していきます。次回、この場を統べる者の正体に迫ります。




