第22話 王国騎士団
仕上げの二十日間と、王都への出立。次はいよいよ合流の場面です。
二十日後。
深い森の奥、切り立った岩肌にぽっかりと口を開けた洞窟の中で、ジェクスは結跏趺坐を組み、目を閉じていた。外の光がほとんど届かない暗闇の中、体の奥で練り上げた魔力だけが、静かに輪郭を保っている。
――足音。
洞窟の入り口から、聞き慣れた足取りが近づいてくる。
「――時間だな」
ガルドナーの声だった。ジェクスはゆっくりと目を開け、立ち上がる。
「はい」
短く答えたその表情に、迷いは欠片もなかった。
思えば、この二十日間、フィーレとガルドナーを相手に、剣で魔法を弾く稽古と、剣術・体捌きの稽古を同時にこなし続けてきた。
――想定録に刻まれた項目は、数え切れないほどに増えた。
洞窟を出ると、外にはフィーレも待っていた。
「――行けるか」
「はい」
「フィーレは」
「王都には、私は別ルートで向かうわ。あなたは先に飛んでいって」
「王都では、リヒトたちと合流しろ。詳しい段取りは、向こうのギルドから指示が来る」
ガルドナーは、腕を組んで頷いた。
「二十日間、よくやった。あとは、現場で仕上げてこい」
「――行ってきます」
***
半日で見えてきた王都の城壁は、記憶にあるものより、どこか物々しい空気を纏っていた。集合場所に指定された広場に降り立つと、既に大勢が集まっていた。自分たちのギルドの面々と、他所のギルドから来た面々が、一緒くたに固まって立ち話をしている。
「――遅れました。ジェクスです」
声をかけると、一斉に視線が集まった。
「お前が、噂のジェクスか」
そう言ったのは、長弓を背負った寡黙な男だった。目つきは鋭いが、敵意はない。
「リヒトです」
短く名乗った男の隣に、大盾を抱えた大柄な男が立っていた。
「バルドだ。よろしくな」
赤髪を短く刈り込んだ、人懐こい笑みの男が、気安く声を上げる。
「火属性のカイルだ。他所のギルドから駆り出された組だよ。よろしくな」
「氷属性、ミアよ」
隣に立つ、落ち着いた雰囲気の女性が短く名乗った。杖の先には、薄く霜が纏わりついている。
「光属性のセラです。回復は任せてください」
穏やかな声の女性が、軽く会釈した。
輪の少し外れた位置に、フードを目深に被った人物が一人。声もかけず、微動だにせず、こちらの様子をただ見ている。
「――あれが、ノクスですか」
「いや」
リヒトが小さく首を振った。
「ノクスは、いつも気配すら感じさせない。あそこに突っ立ってる時点で、あいつじゃない」
カイルが、フードの人物に軽く手を上げた。
「ああ、そっちは俺たちのギルドの新人だ。まだ駆け出しでな、あまり人前が得意じゃないんだと」
フードの人物は、それだけ言われても身じろぎ一つしなかった。
ジェクスは想定録を開いた。
――正体不明の参加者。他ギルドの新人。フードの下、体格・佇まいのみで判断は不可能。
だが、そのフードの奥から向けられる視線には、どこか覚えのある圧があった。
「――そういや、音属性のもう一人は?」
ジェクスが尋ねると、カイルが肩をすくめた。
「ドノヴァンなら、もう別任務で先行してるよ。詳しくは、この後の説明会で聞けるはずだ」
自分たちのギルドが四人、他ギルドから四人。ちょうど揃うはずの顔ぶれの中に、一人分だけ、まだ空白があった。
「――ノクスは、来てるんですか」
ジェクスが尋ねると、リヒトは辺りを見回しもせず、短く答えた。
「とっくに来てる。お前が気づいてないだけだ」
言われて改めて周囲を見渡しても、それらしい人影はどこにもなかった。想定録に、素直な感想が刻まれる。
――やはり、この男の実力は底が知れない。
***
集合場所から案内されたのは、王城の一角にある王国騎士団本部だった。広々とした訓練場に、集められた冒険者たちが並ぶ。
正面に現れたのは、大柄で凛々しい壮年の男だった。歳を重ねてなお衰えぬ体躯、鍛え抜かれた立ち姿。物腰は穏やかだが、声には有無を言わさぬ芯の強さがあった。
「――王国騎士団団長、オルグレンだ。此度は、急な招集に応じてくれたこと、感謝する」
穏やかな声にもかかわらず、周囲の空気がぴりりと引き締まるのが分かった。想定録が、瞬時に一項目を刻む。
――尊敬を集める指揮官の話し方。威圧ではなく、信頼で場を制する。
オルグレンは一同を見渡し、静かに続けた。
「これより、闇ギルド王都支部に関する情報を共有する。よく聞いてくれ」
「――その前に、もう一人紹介しておく」
オルグレンは隣に控えていた女性に、軽く目を向けた。
「副団長のアリシャです。よろしくお願いします」
穏やかに一礼するその姿に、周囲から自然と好意的な視線が集まる。整った顔立ちは、どこか見覚えがあるような、それでいて確かにこの世界の人間らしい佇まいをしていた。
オルグレンは一同を見渡し、静かに口を開いた。
「――闇ギルドらしき組織が、この王都で奴隷売買に手を染めている。その情報が入ったのは、半月ほど前だ」
訓練場の空気が、一段と張り詰めた。
「すでに、潜入調査のため一人を送り込んでいる。オークションの落札者を装って、内部に入り込ませた」
オルグレンは、カイルたちの視線を受けて頷いた。
「察しの通りだ。お前らのギルドの、ドノヴァンだ。音を拾うのも飛ばすのも得意な男でな、この手の潜入には打ってつけだった」
「落札者、ですか」
ジェクスが問うと、オルグレンは頷いた。
「表向きは金に物を言わせた貴族の道楽者、という体だ。相手側の警戒を解くには、それが一番早い」
「連絡は、どうやって」
「音属性なら分かるだろう。声を拾わずとも、離れた場所に音の合図だけを飛ばせる。潜入中の唯一の生命線だ」
「明日、王都の外れにある倉庫街で、オークションが開かれる。ドノヴァンは、落札者としてその場に既に入っている」
想定録に、情報が刻まれていく。
――潜入者はドノヴァン。明日オークション会場へ潜入予定。相手が闇ギルドだという線は濃厚だが、核心を突く証拠はまだ何もない。
「濃厚、ってだけで動くんですか」
リヒトが眉を寄せた。
「奴隷売買をしている組織が、そのまま闇ギルドとは限らない。ドノヴァンが内部で確証を掴み次第、合図を送る手筈になってる」
「合図が来たら」
「即座に突入する」
オルグレンの声に、迷いはなかった。
「俺たちは、オークション会場から少し離れた場所で待機する。合図が届いた瞬間、最短距離で突入し、制圧する。ドノヴァンの安全確保が最優先だ」
バルドが、大盾を軽く叩いた。
「――俺が先頭を切りゃいいんだな」
「そうしてもらう。リヒトは後方から援護、狙撃可能な位置を確保しろ」
オルグレンの視線が、ジェクスへと移る。
「お前とアリシャは、遊撃だ。状況に応じて、必要な場所に飛び込め」
「分かりました」
オルグレンは一同を見渡し、最後に一つだけ付け加えた。
「――奴隷にされている人間がいる以上、これは救出作戦でもある。相手の正体がどうであれ、目の前の人間を救うことを最優先に動け」
その言葉に、訓練場の空気が、わずかに柔らかくなった。
***
会議が終わり、それぞれが宿舎へと散っていく中、ジェクスはフードの人物へと目を向けた。相変わらず、一言も発さないまま、壁際に立っている。
――明日、あの人物も同じ現場に立つ。
想定録には、まだ答えの出ない項目が一つ、静かに残っていた。
二十日間の仕上げの稽古を終え、いよいよ王都へ。集合した顔ぶれとの顔合わせ、そして明日の作戦が決まりました。奴隷売買という許せない現実を前に、次はいよいよ、王都での本格的な戦いが始まります。




