第20話 唸れ観察眼
自分自身の波長を知る作業、そして初めての実戦形式の稽古。地道な積み重ねの先に、少しずつ形が見えてきます。
「――今日はこれで、何日目だっけ」
フィーレが呆れ半分で尋ねる。ジェクスは目を閉じたまま答えた。
「七日目です」
一週間、ジェクスは訓練場の隅で目を閉じ続けていた。体の中に流れる無数の波長を、一つずつ拾い上げ、想定録に記録していく作業。誰かに見せるためのものではない。ただ、自分自身の内側を知るためだけの、地味な作業だった。
――想定録No.204「火の波長、揺らめきが速く、輪郭が鋭い」。No.205「水の波長、粘度があり、流れが緩やか」。No.206「風の波長、掴みどころがなく、常に流動している」。No.207「土の波長、重く、動きが遅い分、安定している」。
一つずつ項目を刻むたびに、体の内側の"地図"が少しずつ完成していく。
「――終わりました」
七日目の夕方、ジェクスは目を開けた。
「全部、把握できたの?」
「はい。少なくとも、基本の四属性は」
「早いわね。普通なら数ヶ月かかることもあるのに」
フィーレは少し驚いた様子だったが、すぐに表情を引き締めた。
「なら、次の段階に進みましょう。実際に、私の魔法を受けてみて」
「――弾く、ということですか」
「そう。手加減はするけど、本気で放つわ。剣に、あなたが今まで練ってきた魔力を通して」
ジェクスは剣を抜き、想定録に刻んだ手順をなぞる。柄を握る手のひらに、自分の中の水の波長だけを選び出し、剣身へと流し込んでいく。
「――いくわよ」
フィーレの手のひらから、小さな水の弾丸が放たれた。
ジェクスは剣を構え、迫る水弾に合わせて刃を振るった。剣身に纏わせた水の波長が、フィーレの水弾とぶつかり合う。同じ属性同士、性質が真正面から噛み合う感覚があった。
――弾けた。
完全に消し去ったわけではない。互いの水がせめぎ合い、勢いを失った水弾が地面に落ちて水たまりになっただけだった。だが、確かに剣が「反応」した。
「――やるじゃない」
フィーレが小さく口笛を吹いた。
「今のは、相殺ってほどじゃない。単に威力を削いだだけ。同属性をぶつけるのが、今のあなたには一番安定するでしょうね」
「炎は、使わなかったんですか」
「炎はもっと別の使い方をするものよ。あなたの剣、ヴォルカニスの牙が入ってるんでしょう。あの手の魔物には、炎との相性が抜群にいい。無闇に振り回すものじゃなくて、ここぞという時の必殺技に取っておきなさい」
「まだ、弾き返す域にも届いてません」
「地道にやりなさい。あなたのやり方は、それが一番合ってるみたいだから」
夕暮れの訓練場に、乾いた土の匂いが漂っていた。ジェクスは想定録に、新しい項目を刻む。
――剣による魔法防御、初の成功例。威力減衰のみ、完全相殺には未達。
***
その日の稽古を終え、宿への帰り道。ギルドの掲示板の前に、人だかりができていた。
「――なんだ、あれ」
近づいてみると、貼り出されたばかりの一枚の紙に、見覚えのある紋章が刻まれていた。王都の紋章だった。
「王都の闇ギルド支部、活動が活発化――近隣諸国からも応援要請」
小さく呟いた声に、隣にいた誰かが答えた。
「物騒な話だな。王都のセレモニーの時も、噂になってたやつだろ」
ジェクスは掲示を見つめたまま、しばらく動かなかった。剣を使えるようになったこと。魔力の波長が少しずつ見えてきたこと。積み重ねてきたものが、ようやく形になり始めている。
だが、それを試す時が、思ったよりも早く来るのかもしれない。
――想定録に、また一つ、新しい項目が加わった。
地道な稽古が、少しずつ実を結び始めました。同時に、王都の不穏な噂も本格化してきています。次はいよいよ、動き出す番です。




