第19話 剣に宿す魔力
フィーレとの本格的な稽古が始まります。剣に魔力を注ぐこと、そして相手の魔法の波長を見切ること――二つの課題に挑む話です。
「まずは、剣に魔力を注ぐところから」
フィーレに言われるまま、ジェクスは腰の剣を抜き、両手で柄を握った。結跏趺坐で磨いてきた感覚を、指先から柄へと伝えるように意識する。
「――ダメね」
「え」
「今の、剣じゃなくてあなたの手のひらに魔力が溜まってるだけ。剣はただの通り道にしなきゃ意味がない」
言われて初めて気づく。想定録に刻んだ「集める」「流す」の型は、あくまで自分の体の中で完結する技術だった。剣という異物に流し込むには、また別の感覚がいる。
「――もう一度」
何度も繰り返す。柄を握る手に意識を向け、体の芯から指先へ、指先から剣身へ。だが、剣は沈黙したままだった。
「焦らなくていいわ。剣に魔力を通すのは、他人に魔力を送るのと似てる。相手が拒否すれば、通らない」
「剣が、拒否してるんですか」
「正確には、あなたの魔力が乱れすぎて、剣側が"どの波長を受け取ればいいのか"迷ってるのよ。何しろ、あなたの中には全属性が流れてるから」
フィーレは腕を組み、少し考える素振りを見せた。
「――一つだけ、絞ってみて。あなたの剣、炎の性質があるんでしょう。だったら、火の波長だけを選んで流し込む」
「全部じゃなくて、一つだけ」
「そう。全部一気に流そうとするから、剣も戸惑うの」
ジェクスは目を閉じ、体の中に流れる無数の気配の中から、熱を持つものだけを探した。想定録の中、ヴォルカニスの牙が持っていた性質、剣を打った夜の記憶――それらを手がかりに、火の感触だけを選び出す。
柄を握る手のひらに、じわりと熱が集まっていく。
「――来た」
剣身に、かすかな朱色の光が走った。長くは続かなかったが、確かに反応があった。
「悪くないじゃない。今日はそこまでで十分よ」
***
「次は、こっち」
フィーレは訓練場の中央に立ち、手のひらを軽く振った。何の前触れもなく、小さな水の玉が宙に浮かぶ。
「これが何の波長か、当ててみて」
「水、ですよね。見た目で分かります」
「見た目じゃなく、感覚で。目を閉じて」
ジェクスは言われた通り目を閉じた。フィーレの魔力が、空気を伝ってこちらに触れてくる感触があった。だが、自分の中にある水の波長と、外から来る水の波長の違いが、うまく掴めない。
「――分かりません。自分の中にあるものと、区別がつかない」
「それが、あなたの厄介なところね」
フィーレの声に、少し面白がるような響きが混じった。
「普通の人間は、自分の波長が少ないから、違うものが来ればすぐ分かる。でも、あなたは全部持ってる。だから、外から来たものと、自分の内側にあるものの境界が曖昧になる」
「どうすれば」
「――自分の内側を、先に全部把握すること。あなたの中にある波長を、一つ一つ棚卸しするしかないわ」
想定録に、また一つ新しい課題が刻まれた。
――自分自身の波長の目録を作ること。
途方もない作業に思えたが、不思議と気は重くならなかった。33年間、目に見えない「もしも」を一つずつ記録し続けてきた男にとって、これもまた、同じ種類の作業に過ぎなかった。
「時間はかかるでしょうけど」
フィーレが、ふっと笑った。
「あなたなら、出来る気がするわ。積み重ねるのが、得意そうだから」
夕暮れの訓練場で、ジェクスは小さく頷いた。
剣に魔力を通すこと、そして自分自身の波長を知ること。地道な積み重ねが、また一つ始まりました。




