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「異世界?それも想定内だ。33年間、あらゆる可能性を生きてきた男」  作者: JX


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第16話 夢見た空へ

ガルドナーに秘密を明かしてから初めての依頼。今回は、ずっと隠してきた力を初めて誰かの前で使う話です。

王都から帰り、ガルドナーから魔力コントロールの型を教わった翌朝。気づけば、窓の外はすでに白み始めていた。


結跏趺坐を組んだまま、ジェクスは一晩中、指先の熱を意のままに動かす感覚を追い続けていた。想定録に新しく刻まれた手順を、何度も何度も反復する。途中から夜が明けたことにも気づかないくらい、没頭していた。


「――もう朝か」


固まった足を伸ばしながら立ち上がる。指先には、昨夜よりわずかに強い熱の輪郭が残っていた。まだ自在にとは言えないが、確かな手応えがある。


軽く身支度を整え、ジェクスはギルドへ向かった。


***


「――速達だ。北の山間部の集落で、土砂崩れの前兆がある。避難勧告を、今日中に届けてほしい」


ガルドナーが差し出した依頼書には、緊急を示す赤い印が押されていた。


「馬でも二日はかかる距離だ。だが、お前なら」


言葉を濁したガルドナーの目に、含みがあった。もう隠す必要はない。ジェクスは小さく頷いた。


「――分かりました。飛んで行きます」


その一言に、ガルドナーはわずかに目を見開いてから、ふっと口の端を上げた。


「初めて聞くな、その言い方」


「初めて言いましたから」


ギルドの裏手、人目のない訓練場でジェクスは軽く息を吐いた。この世界でギフトを手にしてから、誰にも見せたことのない力を、今日はガルドナーの前で使う。


(――いや、正確には違う。誰にも見せなかったんじゃない。誰にも見せる機会が、今までなかっただけだ)


ジェクスはただ、飛ぶことを意識した。それだけでよかった。ガルドナーから教わったばかりの一点集中の型は、まだこの動作には関係がない。飛行はギフトそのものの力であり、あの十秒間で、すでに完成されていた能力だった。


ふわり、と地面から足が離れた。同時に、体の表面をなぞるように、ごく薄い炎の膜が張られる。空気の摩擦を和らげ、飛来する鳥や虫、小さな瓦礫が体に当たらないよう弾く、目に見えないくらい淡い防護膜だった。


「……おお」


ガルドナーが短く声を漏らした。歴戦の男でさえ、素直に驚きを見せる光景だった。


ジェクスは高度を上げながら、目を閉じた。


(――こんな日が来るとは、あの時は思ってなかったな)


脳裏に、天界での記憶がよぎる。四十秒しかない魂の時間。三十秒を説明に使われ、残された十秒で「望む力を想像しろ」と告げられたあの瞬間。


超人的な筋力。翼を使わず、自分の意志だけで空を飛ぶ力。手のひらの上で踊る、意のままの炎。


――あの十秒間で、よくもまああれだけの像を結べたものだ。今のジェクスは、当時の自分に、そう思うことがある。


だが、答えはとうに出ていた。あれは、十秒で「作った」ものではない。


三十三年間、来る日も来る日も、寝る前に、通勤中に、誰にも見せない頭の中だけで、同じ理想の自分を何百回、何千回と描き続けてきた。筋肉の付き方、跳躍の角度、炎の揺らめき方まで、細部の細部に至るまで、飽きるほど繰り返し思い描いてきた「完成予想図」があった。


――あの十秒は、創造の時間じゃない。再生の時間だったんだ。


すでに出来上がっている設計図を、ただ像として結ばせるだけ。だから迷わなかった。迷う余地など、そもそも三十三年前に使い切っていた。


風が頬を打つ。眼下に、王都の屋根並みが小さく遠ざかっていく。


(――飛んでる。本当に、飛んでる)


分析よりも先に、少年のような高揚が込み上げた。想像の中では数えきれないほど飛んだ空だ。だが、実際に肌で感じる風の冷たさも、眼下に広がる景色の遠近感も、想定録のどの項目にも記録されていない、初めての手触りだった。


***


山間部への到着は、馬なら二日の距離を、半刻もかからなかった。


集落の広場に降り立つと、住民たちがどよめいた。空から人が降ってきたのだから、当然の反応だった。


「王都からの緊急伝令です。裏山に土砂崩れの前兆――今夜中に避難を」


伝令の内容を伝え終えたところで、集落の外れから悲鳴が上がった。駆けつけると、崩れかけた土砂の下敷きになりかけた老人がいた。土砂の隙間から、赤い光が漏れている――地中に埋まっていた何かの魔石が、脈打つように光を強め、今にも暴走しかけていた。


「――下がってください」


ジェクスは手のひらを差し出した。三十三年間、思い描くことしかできなかった炎。この世界でギフトを手にしてから初めて、誰かの目の前で使う。


手のひらに小さな炎が灯り、意識するままに形を変えていく。土砂の隙間から漏れる暴走寸前の魔力を、逆に炎で包み込むようにして無理やり鎮める。同時に、もう片方の手で老人を抱え上げ、崩れる寸前の土砂から引き離した。


「……あんた、何者だ」


老人が呆然と呟いた。ジェクスは短く笑って答えた。


「通りすがりの、伝令屋です」


村人たちの避難誘導を終える頃には、日はすっかり傾いていた。ジェクスは老人と集落の人々に見送られ、再び空へと舞い上がった。


***


帰り道、再び空を飛びながら、ジェクスは静かに思考を巡らせていた。


隠す必要のあった力を、今日、初めて誰かのために使った。ガルドナーの前で。名も知らぬ老人の前で。それだけのことが、想定録のどの項目にも当てはまらないくらい、胸の奥を温かくした。


(――あの十秒、俺はちゃんと、正しいものを選んでいたらしい)


夕暮れの空を飛びながら、ジェクスは小さく笑った。


***


ギルドに戻り、報告のため執務室に顔を出すと、来客用の椅子に、フードを目深に被った冒険者が腰掛けていた。手には、見たこともない形の探知具が置かれている。


「――お、噂の帰還者か」


ガルドナーが顎で示す。


「暴走しかけの魔石の話、たった今こいつから聞いたところだ。本当なら専門家を向かわせるはずだった案件を、お前が一人で片付けちまったらしいな」


「専門家、ですか」


「ああ、名乗ってなかったな」


フードの下から覗いた口元が、ニヤリと笑った。


「魔石ハンター、って呼ばれてる。まあ、そのままの意味だ」

ずっと語られるだけだった「飛行」と「炎」、ようやく本編で使わせることができました。ギフト誕生の瞬間を振り返りつつ、次はいよいよ剣を手にした本格的な始動です。

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