第14話 魔力という壁
剣が仕上がるまでの三日間、ジェクスは何をしていたのか。
今回は、その空白を埋める話です。
鍛冶場を出て、宿への道を歩きながら、ジェクスは自分の右手を見下ろした。
(あの牙と魔石の反応。ドルファンさんの言葉。鍛冶師の腕。……あの剣は、ただの剣にはならない)
想定録の中に、似た事例を探す。だが該当項目はなかった。反射の性質を持つ魔石と、炎を流し込む牙。それが一つに溶け合った時点で、あの塊はすでに「素材」の範疇を超えていた。三日後に出来上がるのは、魔剣クラス――下手をすれば、それ以上の化け物になる可能性がある。
「どうした、難しい顔して」
隣を歩くドルガンが覗き込んでくる。
「剣のことです。あれは、ただ打ってもらうだけじゃ意味がない気がして」
「は?」
「今の俺の剣術は、剣に炎を纏わせることが前提です。でも、あの剣自体が炎の性質を持つなら、話は変わってきます。剣に見合った振り方をしなければ、宝の持ち腐れになる」
ドルガンは少し黙ってから、ニヤリと笑った。
「三日で仕上げの稽古をするってことか。相変わらず忙しねえ奴だな」
「それだけじゃありません」
ジェクスは足を止め、夕暮れの空を見上げた。
「少し、一人で考えたいことがあります。今日はここで別れましょう」
「あ?」ドルガンが眉を寄せる。「宿まで一緒じゃねえのか」
「すみません。頭の中を整理したいので、先に戻っていてください」
ドルガンはしばらくジェクスの顔を見ていたが、やがて小さく笑った。
「変な奴だな、お前は。まあ、好きにしろ」
そう言って、ドルガンは一人、宿の方角へと歩いていった。その背中が路地の角に消えるのを見送ってから、ジェクスは小さく息を吐いた。
(魔力のコントロールのことは、まだ誰にも言わない方がいい)
ドルガンにもドルファンにも、まだ明かしていないことがある。自分がこの世界の生まれではないこと、そして今の力の大半が、生まれ持った才能ではなく授かったものだという事実だ。今はまだ、その話をする時ではない――そう心の中だけで決めた。
一人になった夕暮れの路地で、ジェクスは自分の胸の奥、ずっとそこにある熱の塊のような気配に意識を向けた。存在は分かる。輪郭も分かる。だが、それを意のままに動かす感覚だけが、どうしても掴めない。
もう一つ、気づいたことがあった。……俺は今まで、魔力をまともにコントロールしたことがない。
(今まではそれでも困らなかった。生まれつきの力で押し切れたから。でも、この世界の武器で、この世界の敵と渡り合っていくなら――いつまでも、それだけに頼ったままではいられない)
「この三日間、自分なりに鍛錬してみるか」
(この世界で生まれた人間は、物心つく前から魔力とともに育つ。呼吸をするのと同じくらい自然に、それを感じ、動かす。彼らが積み重ねてきた年月と、俺がこの三十数年で培ってきたものは、根本から違う。培ってきた時間が違う――)
***
翌日、宿の裏庭。ジェクスは誰もいないことを確かめてから、石畳の上に腰を下ろした。
(理屈で押し切れないなら、形から変える必要がある)
三十三年間の「もしも」の中には、東洋の瞑想法をかじった時期もあった。結跏趺坐――両足の甲を、それぞれ反対側の腿に乗せる深い座法。お釈迦様をはじめ、如来の像でよく見る、あの姿勢だ。
ジェクスは足を組み、右手の親指と薬指で小さな輪を作った。目を閉じ、呼吸を数える。吸う息とともに、体の奥にある熱の塊が、少しだけ輪郭を強めるのを感じる。その輪郭を、指で作った輪の中に、ゆっくりと循環させるようにイメージする。
「――なるほど」
小さく声が漏れた。
「神様が転移者にギフトを授けてくれるわけだ。魔力のコントロールなんて、一朝一夕で身につくもんじゃない。……けど」
ジェクスは目を開け、指先を見つめた。
「三日ある。やるぞ」
想定録に手順を刻み、何百回と同じ動作を再現する。最初の数十回は、何の変化もなかった。だが、諦めるという選択肢は、そもそもジェクスの想定録には存在しない。三十三年間、目に見える成果のないまま積み重ね続けてきた男にとって、この程度の停滞は想定の範囲内だった。
二日目の夕方、指先にわずかな熱を感じた。動かせたわけではない。だが、確かに「そこにある」感覚が、いつもより少しだけ鮮明になっていた。
「……変わった」
小さな変化だったが、ジェクスにはそれで十分だった。積み重ねの意味を、この世界に来てから何度も教えられている。
***
三日目、鍛冶場の扉を開けると、汗と鉄の匂いの奥から、鍛冶師の声が飛んできた。
「――遅かったな。首を長くして待ってたか?」
「まさか」
「減らず口叩きやがって」
鍛冶師は布に包んだ剣を、カウンターの上にゆっくりと置いた。布を取ると、黒みがかった刀身が鈍く光を放つ。柄には、牙の名残を思わせる僅かな隆起があり、握った瞬間、掌に伝わる熱が確かにあった。
「――魔力を通してみろ」
言われるままに、ジェクスは刀身に意識を向けた。剣が、まるで応えるように、刃の表面にゆらりと炎の揺らぎを纏わせる。ギフトで纏わせたものとは、明らかに質が違った。剣自身が、炎そのものを内包している。
「……すごい」
「褒め言葉はいらねえ。ただし」鍛冶師が腕を組む。「その剣、生半可な振り方じゃ、お前の腕ごと持っていかれるぞ。魔剣ってのは、そういうもんだ」
「分かってます。だから、ここ三日で少しだけ準備してきました」
ジェクスは剣を鞘に収めながら、自分の右手の指先に視線を落とした。まだ何も操れない。だが、確かに感じた熱の輪郭は、消えずにそこにあった。
鍛冶場を出ると、王都の空はすでに夕暮れに染まっていた。
「――で、これからどうする」
隣を歩くドルガンが尋ねる。
「剣に見合う自分になります。それだけです」
答えながら、ジェクスは背負った剣の重みを確かめるように、肩を軽く動かした。三日前より、確実に何かが変わっている。それが何なのか、まだ言葉にはできなかったが。
(――街に戻ったら、ガルドナーさんに全部話そう)
ヴォルカニスの熱にも平然としていられたこと。多少の傷なら、じきに治ってしまうこと。そのどれもが、生まれ持った才能ではなく、授かったものだということ。誤魔化し続けるのは、そろそろ限界だった。
夕焼けの中、遠くの路地で誰かが慌ただしく駆けていく足音がした。王都で囁かれる噂を、ジェクスはまだ耳の奥に残したままだった。
ついに剣が完成しました。次はいよいよ、この剣を手にしたジェクスが本格的に動き出します。




