第13話 職人の意地
カイドが修行の旅に出てから、ジェクスは少しだけ静かになった王都をドルガンと二人で歩いている。
今回は、剣づくりの話です。
王都の裏路地は、表通りの賑わいが噓のように静かだった。
石畳の隙間から立ち上る薬草の匂いに、ジェクスは思わず鼻を鳴らす。
「懐かしいな、この匂い」
ドルガンが指さした先には、色褪せた木製の看板が揺れていた。彫られた文字はとうに読めなくなっているが、扉の脇に積まれた薬瓶の山だけが、この店の正体を語っていた。セレモニーの日、堅苦しさに耐えかねて抜け出した一行が最初に訪れたのも、この店だった。
扉を開けると、むせ返るような薬草と金属の匂いが鼻をついた。奥のカウンターで、白髪交じりの髭を蓄えた男が、フラスコを片手に何かをかき混ぜている。ドルガンとよく似た太い眉、そして無精髭。
「――兄貴、いるか」
「うるせえ、集中してんだよ」
振り向きもせず答えた声に、ドルガンが肩をすくめる。
「相変わらずだな、兄貴は。ジェクス、また来たぞ」
ジェクスがそう声をかけると、ドルファンはようやくこちらを向いた。目つきはドルガンよりも鋭いが、口元にはどこか似た人懐こさがある。
「おう、セレモニーぶりだな。あの時はよくも弟の自慢話に付き合わせやがって」
「その節はお世話になりました」
「世話になったのはこっちだ。国宝級の魔石を届けたっていう冒険者が店に来た、ってだけで、しばらく客が増えたぐらいだからな」
ドルファンは笑いながら、カウンターの上に布を広げた。ジェクスはそこに、ヴォルカニスの牙と、余りの魔石のかけらを並べる。
「これを、一つにできますか」
ドルファンは牙を手に取り、光にかざした。そのまま黙り込むこと十数秒。
「――硬え。それに、この魔石。反射の性質、まだ生きてるな」
「合成しても消えませんか」
「消えねえよ。むしろ、牙の炎の性質と喧嘩せずに馴染む。こいつは、悪くない組み合わせだ」
ドルファンは工房の奥から小さな坩堝と、見たこともない粉末を取り出した。粉末を魔石にまぶし、牙の断面に押し当てる。呪文とも詠唱とも違う、独特のリズムでいくつかの言葉を呟くと、二つの素材がぼんやりと発光し、やがて一つの塊へと溶け合っていった。
「――出来た」
手渡された塊は、牙の硬さと魔石の滑らかさを併せ持ち、わずかに熱を帯びていた。ジェクスはそれを想定録の記憶に照らし合わせる。だが、こんな感触の素材は、想定録のどの項目にも存在しなかった。
「あとは、これを打ってくれる鍛冶屋を探すことだな」
「心当たりがあります」
***
街の中心からやや外れた鍛冶場は、相変わらず火花と怒声が飛び交っていた。
「兄貴、こっちだ」
ドルガンが慣れた様子で炉の前の男に声をかける。加工師同士、顔見知りらしい。汗だくの鍛冶師は、炉から顔も上げずに槌を振るい続けていた。
「――ドルガンか。用がねえなら邪魔すんな」
「客を連れてきた。こいつがジェクスだ」
鍛冶師はようやく手を止め、胡散臭そうにジェクスを一瞥した。噂に聞くDefensor Ignisを打った職人という話にしては、無愛想な仏頂面だった。
「今日は見るだけじゃありません。これを打ってほしいんです」
ジェクスが素材を差し出すと、鍛冶師はようやく手を止め、それを一瞥した。
「……悪くない素材じゃねえか。だが断る。見りゃ分かるだろ、今は手一杯だ」
「お願いします」
「欲しけりゃ自分で打て。俺は暇じゃねえんだよ」
にべもない返事に、ドルガンが横で息を呑んだ。だがジェクスは、案外あっさりと頷いた。
「分かりました。教えてください」
「はぁ?」
鍛冶師が初めて振り向いた。ジェクスは炉の前に立ち、槌を握る。観察力で鍛冶師の一振り一振りを記憶に焼き付け、想定録に照らして角度、力の入れ方、間合いを再現しようとした。だが、槌を振り下ろした瞬間、素材はいびつに歪み、火花だけが虚しく飛び散った。
「……やっぱり、駄目ですね」
想定録のどこにも、この感覚に該当する項目はなかった。知識でも観察でも埋まらない部分が、確かにあった。
鍛冶師は無言でその様子を見ていたが、やがて歪んだ素材を拾い上げ、指先で撫でるようにして温度を確かめた。
「――泣いてるじゃねえか、この素材」
「え?」
「いい牙と、いい魔石だったのに、無理な打ち方されて音を上げてる。分かんねえのか、お前」
鍛冶師は舌打ちしながら、素材をもう一度炉にくべた。
「……仕方ねえ。俺が打ってやる」
「いいんですか」
「良かねえよ。だが、こんな顔で頼まれちゃ、断り切れねえだろうが」
そう言いながらも、鍛冶師の口元はわずかに緩んでいた。素材に本気でぶつかっていく若者の姿は、この職人にとって、久しく見ていないものだったのかもしれない。
炉の炎が、いつもより少しだけ明るく燃えているように、ジェクスには見えた。
***
「――出来上がるまで、しばらくかかる。三日は見とけ」
「ありがとうございます」
「礼はいらねえ。ただし、完成したらちゃんと使え。使われねえ剣ほど、可哀想なもんはねえからな」
鍛冶場を出ると、夕暮れの風が二人の頬を撫でた。ドルファンの店から漂っていた薬草の匂いが、まだかすかに鼻の奥に残っている。
「三日か。その間、何するよ」
ドルガンが尋ねると、ジェクスは空を見上げた。
「街の様子でも見てきます。……最近、王都でも闇ギルドが動いてるって噂、聞きましたよね」
「ああ。聞いた。妙にきな臭ぇ話だ」
ジェクスは何も答えず、ただ夕焼けに染まる王都の屋根並みを眺めていた。剣が出来上がる頃には、また何かが動き出しているような、そんな予感があった。
剣が完成するまでの、束の間の静けさでした。次はいよいよ、その剣を手にしたジェクスが動き出します。




