第12話 王都からの招待
魔石奪還編、ひとまずの決着です。今回はいつもより長めですが、王都編の入り口として一気にお届けします。
魔石奪還の報告を終えたギルドの一室には、まだ張り詰めた空気が残っていた。
「よくやった。まさか黒幕まで見つけるとはな」
ガルドナーが唸るように言うと、受付嬢が一枚の書状を差し出した。
「実は、王都からも報告が入っています。似た手口を使う闇ギルドの動きが、王都周辺でも確認されているようで……。しかも一箇所ではなく、複数の地区で似たような被害が報告されているとか」
ジェクスは眉を寄せた。想定録の中に、似た事例はない。だが、複数箇所で組織立った動きが見られるということは、街の支部だけの問題ではないということだ。根が深い。
「街だけの話じゃなかった、ってことか」
カイドがぽつりと呟く。ガルドナーは腕を組み、しばらく黙り込んだあと、書状のもう一枚を広げた。
「それともう一つ。此度の功績を受けて、お前たち三人、国王陛下の誕生祭セレモニーに招待されることになった」
受付嬢が付け加える。
「王都からの正式な招待状です。功績のあった冒険者を年に何組か招く慣例があるそうで、今年はお三方が選ばれたと」
ジェクスは一瞬、面倒事の匂いを感じ取った。目立つことは、これまで慎重に避けてきたことだ。だが同時に、王都という未知の情報源に触れられる好機でもある。天秤にかければ、答えは決まっていた。
「行くしかないでしょうね」
ジェクスがそう言うと、カイドが小さく舌打ちをした。
「堅苦しいのは苦手なんだがな」
「安心しろ。俺も得意ではない」
「……お前でもそうなのか」
意外そうな顔をするカイドに、ジェクスは小さく頷くだけで応えた。
***
王都への道中は、思ったより静かだった。馬車に揺られながら、カイドはずっと窓の外を睨んでいたが、やがてぽつりと口を開いた。
「……お前、加入試験の日からずっとそうだけど、何であんなに落ち着いてられるんだ」
「落ち着いてるように見えるか?」
「見える。俺なんか、死ぬ気で積んできてようやくB級だったのに、お前は涼しい顔でB級だ。正直、今でも腹が立つ」
ジェクスは少し黙ってから、静かに答えた。
「積んできた時間の長さは、多分お前の方が長い。ただ、積み方が違っただけだ」
「積み方が違う、ね……。じゃあ聞くが、お前の積み方ってのはどんなんだ」
「一言では言えないな。ただ、闇雲に振るう剣より、遠回りに見えて確実な一歩の方が、結局は近道になることが多い。それだけは言える」
「達観しすぎだろ、それ」
カイドは苦い顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。窓の外に視線を戻したその横顔には、悔しさだけでなく、何かを噛みしめるような色も混じっていた。代わりにガルドナーが、御者台から声をかける。
「カイド。お前は伸びしろの塊だ。焦る必要はない。俺が保証する」
「オヤジがそう言うなら、まあ、少しは信じてやるよ」
その口ぶりには、いつもの棘が少しだけ丸くなっていた。
***
王都に着いた三人を待っていたのは、想像以上の華やかさだった。誕生祭に沸く街並み、着飾った貴族たち、そして城の大広間。すれ違う貴族たちの視線が一瞬こちらに向いては離れていくのを、ジェクスは意識の端で捉えていた。注目されるのは、やはり性に合わない。
謁見の場で、大臣がジェクスたちの功績を読み上げ、布にくるまれた魔道具――反射の魔石を加工したもの――が恭しく差し出される。国王へは、大臣の手を通して献上される形だ。ジェクスとしては、目立たずに済むならそれに越したことはない。
「此度の働き、まことに大儀であった。褒美として、望むものを一つ与えよう」
国王の言葉に、ジェクスは迷わず答えた。
「では、あの魔石の加工で余った欠片を頂ければ」
周囲がわずかにざわついた。もっと立派な褒美――爵位や金貨――を望むと思われていたのだろう。大臣も一瞬、聞き間違えたような顔をした。だがジェクスにとっては、あの欠片にこそ価値がある。ヴォルカニスの牙と組み合わせれば、きっと面白いものができる――そんな確信めいた予感があった。
「変わった望みだ。良かろう」
国王は苦笑しながらも、それ以上は詮索しなかった。
***
セレモニーが一段落したところで、背後から声をかけられた。
「――あんたが、ジェクスの旦那か」
振り返ると、そこに立っていたのはドワーフの男だった。
がっしりとした体躯に、場違いなほど質素な礼服。だが袖口から覗く腕は、火傷の痕と古い切り傷で埋まっている。手入れはされているが、明らかに職人の手だった。
「そうだが」
「俺はドルガン。通り名は『ジュエリスト』だ」
男はそう名乗って、深く頭を下げた。
「あの魔石を研磨してたのは、俺だ。……工房から盗られた時は、生きた心地がしなかった。国宝級の預かりもんを失くしたとなりゃ、職人生命が終わる」
「取り戻したのは俺一人じゃない。ギルド全体の仕事だ」
「それでも、礼は言わせてくれ」
差し出された手を、ジェクスは握った。
分厚く、硬い掌だった。長年、金属と火に向き合ってきた手だ。
***
「……しかし、あんたの話は聞いてたが」
手を離しながら、ドルガンは目を細めた。
「B級の冒険者が、旧市街で闇ギルドの幹部を素手で仕留めた、とかなんとか。眉唾だと思ってたが、この場に呼ばれてるってことは、本当らしいな」
「尾ひれがついてるな」
「どうだかね」
ドルガンは、そこで何かを思い出したように顔を上げた。
「――そうだ。あんた、さっき陛下に妙なもんをねだってたな。魔石の余り」
「ああ」
「何に使うつもりだ。……いや、野暮は聞かねえ。だが一つ言っとくと、あの反射の性質、削りカスにもしっかり残ってる。あれを何かと合わせようってんなら、相性を見極められる奴に見せた方がいい」
「心当たりが?」
「俺の兄貴が、この王都で錬金術屋をやっててな」
「錬金術屋?」
「素材を診て、加工の可能性を見極めるのが本業だ。……で、あんた。他にも何か、合わせたい素材を持ってるんじゃねえのか」
「なぜ」
「陛下の前で、爵位も金貨も蹴って削りカスをねだる奴が、それ単体で満足するわけがねえ」
ジェクスは、少し笑った。
「――大蛇の牙が、一本」
「ヴォルカニス、か」
ドルガンの目つきが、はっきりと変わった。
「……なるほどな。そいつと、反射の魔石。……悪くない。いや、悪くないどころじゃねえ」
ジェクスの中で、点と点が繋がっていく感覚があった。剣を作りたい――その願望に、ちょうど道筋が見え始めていた。
「いつか、じゃなくて、早い方がよさそうだな」
「気が早いな」
ドルガンはにやりと笑って、店の場所を教えてくれた。
***
堅苦しいセレモニーの空気に、三人とも長くは耐えられなかった。適当な理由をつけて会場を抜け出し、王都の街を歩く。
大通りは、誕生祭の熱気で膨れ上がっていた。
石畳の両脇には露店が隙間なく並び、串焼きの脂が跳ねる音と、甘い焼き菓子の匂いが入り混じっている。頭上には色とりどりの旗が渡され、風を受けて一斉にはためいていた。
建物は故郷の街より背が高く、三階、四階建ても珍しくない。白い漆喰の壁に、深い青の屋根。その窓という窓から、花を活けた鉢が吊り下げられている。
武具店の看板が並ぶ一角では、店先に出された剣や鎧が陽を弾いていた。行き交う人の数も、話される言葉の種類も、故郷とは比べ物にならない。
「……さすが王都だな」
カイドが、少しだけ表情を緩めて言った。
***
その時だった。
人混みの中で、ジェクスは足を止めた。
正面から歩いてきたのは、白銀の鎧を纏った女性だった。
腰まで届く艶やかな黒髪が、歩くたびに揺れている。鎧は華美な装飾こそ少ないが、一目で上等なものと分かる造りだった。祭りの喧騒の中にあっても、その佇まいだけが、どこか静かだった。
――騎士か。
彼女の周りだけ、人が自然と道を空けている。地位のある人物なのだろう。
すれ違う。
その瞬間、彼女がふと、こちらを見た。
目が合った。
ジェクスもまた、無意識のうちに視線を返していた。
――なんだ、これは。
三十三年間。あらゆる場面を想定し、あらゆる反応を用意してきた。危険を察知した時の対応も、警戒すべき相手を見分ける基準も、すべて頭の中にある。
だが、今の感覚に該当する項目は、どこにもなかった。
警戒ではない。恐怖でもない。
ただ、視線を外すのが、わずかに遅れた。
彼女もまた、一瞬だけ何かを言いかけるように唇を動かし――そのまま、人波の中へ消えていった。
***
「……おい、ジェクス」
カイドの声で、我に返った。
「どうした、急に止まって」
「……いや」
「いやって、お前な」
カイドが怪訝そうに、ジェクスが見ていた方向を振り返る。だが、そこにはもう、人の流れしかなかった。
「なんでもない」
そう答えながら、ジェクスは胸の内で一つ、書き加えていた。
――想定録に、新しい項目が要るな。
何と名付けるべきかは、まだ分からなかった。
***
「せっかくだ。ドルガンの兄貴の店、行ってみるか」
ジェクスの提案に、二人も異論はなかった。
店は大通りから一本入った、静かな路地にあった。扉を開けると、薬品と金属の混じった独特の匂いが鼻をつく。棚には見たこともない素材が並び、瓶の中で燐光を放つ液体もあった。
「ドルガンの紹介で来た。素材を見てもらいたくてな」
奥から現れた男は、ドルガンとどこか似た目つきをしていたが、口数は多かった。
「弟の紹介とは珍しい。何を見せてくれるんだ?」
ジェクスがヴォルカニスの牙と魔石の欠片を取り出すと、男の表情が変わった。
「……これは、ただの牙じゃないな。しかもこっちの石、まさか例の反射の魔石の欠片か?」
「よく分かるな」
「これだけの素材だ、一目で分かるさ。だが、正直に言うと、俺一人じゃこの二つを一本の剣にまとめる腕はない。加工と、鍛冶――両方の技術が要る」
男はしばらく素材を矯めつ眇めつしながら考え込んでから、続けた。
「王都に、腕のいい鍛冶師がいる。噂じゃ、変わった剣を打つとかで評判だ。俺から話を通してやってもいい」
ジェクスの脳裏に、街で見た炎の魔剣――「Defensor Ignis」の記憶がよぎった。あの剣を打った鍛冶師の噂と、今聞いた話はどこか重なる。もしかしたら、同じ鍛冶師かもしれない。そんな予感を抱えたまま、ジェクスは頷いた。
「頼む」
***
その夜、宿に戻った三人は、旅の疲れを労うように静かな時間を過ごしていた。だが、カイドの表情には、どこか決意めいたものが浮かんでいた。
「オヤジ、ジェクス。……俺、しばらく一人で修行に出る」
唐突な宣言に、ジェクスは驚かなかった。予感はあった。あの黒幕との戦いで、カイドは自分の力の底を見た。剣を振るう手が届かなかった瞬間の悔しさは、本人にしか分からないものだろう。
「そうか」
短く応じたジェクスに対し、カイドは少し意外そうな顔をしたが、すぐに言葉を継いだ。
「……お前になら、格好つけずに言えるんだよ。あの時、俺は何もできなかった。庇われて、守られて、それで終わりだ。悔しいってのはもう、通り越してる気がする」
「通り越して、何が残った」
「……このままじゃ嫌だ、ってだけだ。単純だろ」
「単純で十分だ」
ジェクスがそう返すと、カイドはふっと肩の力を抜いたようだった。ガルドナーは目を細めて笑った。
「まだ伸び代がある証拠だ。行ってこい」
「オヤジ……」
「見送るのが俺の役目だ。心配なんかしてやらねえよ」
ぶっきらぼうなその言葉に、カイドは一瞬泣きそうな顔をして、それを誤魔化すように鼻を鳴らした。
ジェクスはただ、静かにその背中を見送るつもりだった。それが、自分なりの応援の仕方だと分かっていたから。
お読みいただきありがとうございます。
褒美に爵位でも金貨でもなく、加工の余りを望む——ジェクスらしい選択でした。牙と魔石、二つの素材が揃ったところで、剣づくりの話が動き出します。
そして王都の雑踏で、彼は初めて「想定録にない反応」に出会いました。
次回、いよいよ鍛冶師との対面です。




