第12話 王都からの招待
魔石奪還編、ひとまずの決着です。今回はいつもより長めですが、王都編の入り口として一気にお届けします。ジェクスたちが次に向かう場所、そしてカイドの決断まで、じっくり読んでいただけると嬉しいです。
魔石奪還の報告を終えたギルドの一室には、まだ張り詰めた空気が残っていた。
「よくやった。まさか黒幕まで見つけるとはな」
ガルドナーが唸るように言うと、受付嬢が一枚の書状を差し出した。
「実は、王都からも報告が入っています。似た手口を使う闇ギルドの動きが、王都周辺でも確認されているようで……。しかも一箇所ではなく、複数の地区で似たような被害が報告されているとか」
ジェクスは眉を寄せた。想定録の中に、似た事例はない。だが、複数箇所で組織立った動きが見られるということは、街の支部だけの問題ではないということだ。根が深い。
「街だけの話じゃなかった、ってことか」
カイドがぽつりと呟く。ガルドナーは腕を組み、しばらく黙り込んだあと、書状のもう一枚を広げた。
「それともう一つ。此度の功績を受けて、お前たち三人、国王陛下の誕生祭セレモニーに招待されることになった」
受付嬢が付け加える。
「王都からの正式な招待状です。功績のあった冒険者を年に何組か招く慣例があるそうで、今年はお三方が選ばれたと」
ジェクスは一瞬、面倒事の匂いを感じ取った。目立つことは、これまで慎重に避けてきたことだ。だが同時に、王都という未知の情報源に触れられる好機でもある。天秤にかければ、答えは決まっていた。
「行くしかないでしょうね」
ジェクスがそう言うと、カイドが小さく舌打ちをした。
「堅苦しいのは苦手なんだがな」
「安心しろ。俺も得意ではない」
「……お前でもそうなのか」
意外そうな顔をするカイドに、ジェクスは小さく頷くだけで応えた。
王都への道中は、思ったより静かだった。馬車に揺られながら、カイドはずっと窓の外を睨んでいたが、やがてぽつりと口を開いた。
「……お前、加入試験の日からずっとそうだけど、何であんなに落ち着いてられるんだ」
「落ち着いてるように見えるか?」
「見える。俺なんか、死ぬ気で積んできてようやくB級だったのに、お前は涼しい顔でB級だ。正直、今でも腹が立つ」
ジェクスは少し黙ってから、静かに答えた。
「積んできた時間の長さは、多分お前の方が長い。ただ、積み方が違っただけだ」
「積み方が違う、ね……。じゃあ聞くが、お前の積み方ってのはどんなんだ」
「一言では言えないな。ただ、闇雲に振るう剣より、遠回りに見えて確実な一歩の方が、結局は近道になることが多い。それだけは言える」
「達観しすぎだろ、それ」
カイドは苦い顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。窓の外に視線を戻したその横顔には、悔しさだけでなく、何かを噛みしめるような色も混じっていた。代わりにガルドナーが、御者台から声をかける。
「カイド。お前は伸びしろの塊だ。焦る必要はない。俺が保証する」
「オヤジがそう言うなら、まあ、少しは信じてやるよ」
その口ぶりには、いつもの棘が少しだけ丸くなっていた。
王都に着いた三人を待っていたのは、想像以上の華やかさだった。誕生祭に沸く街並み、着飾った貴族たち、そして城の大広間。すれ違う貴族たちの視線が一瞬こちらに向いては離れていくのを、ジェクスは意識の端で捉えていた。注目されるのは、やはり性に合わない。
謁見の場で、大臣がジェクスたちの功績を読み上げ、布にくるまれた魔道具――反射の魔石を加工したもの――が恭しく差し出される。国王へは、大臣の手を通して献上される形だ。ジェクスとしては、目立たずに済むならそれに越したことはない。
「此度の働き、まことに大儀であった。褒美として、望むものを一つ与えよう」
国王の言葉に、ジェクスは迷わず答えた。
「では、あの魔石の加工で余った欠片を頂ければ」
周囲がわずかにざわついた。もっと立派な褒美――爵位や金貨――を望むと思われていたのだろう。大臣も一瞬、聞き間違えたような顔をした。だがジェクスにとっては、あの欠片にこそ価値がある。ヴォルカニスの牙と組み合わせれば、きっと面白いものができる――そんな確信めいた予感があった。
「変わった望みだ。良かろう」
国王は苦笑しながらも、それ以上は詮索しなかった。
セレモニーが一段落したところで、見知った顔が声をかけてきた。
「よう、ジェクスの旦那。こんな場所でも会うとはな」
ドルガンだった。国宝級の魔石を加工した功績で、彼もまた招待されていたらしい。
「奇遇だな。あんたも招かれてたのか」
「まあな。あの魔石を磨いたのは俺だ、名前くらいは出るさ。……そうだ、旦那には言ってなかったが、俺の兄貴、この王都で錬金術屋をやっててな」
「錬金術屋?」
「素材を診て、加工の可能性を見極めるのが本業だ。旦那、確か大蛇の牙と、あの余り魔石を持ってるんだろう。今度、兄貴の店を訪ねてみろよ」
ジェクスの中で、点と点が繋がっていく感覚があった。剣を作りたい――その願望に、ちょうど道筋が見え始めていた。
「いつか、じゃなくて、早い方がよさそうだな」
「気が早いな、旦那らしいが」
ドルガンはにやりと笑って、店の場所を教えてくれた。
堅苦しいセレモニーの空気に、三人とも長くは耐えられなかった。適当な理由をつけて会場を抜け出し、王都の街を歩く。屋台の賑わい、武具店の看板、故郷とはまた違う活気に、カイドも少しだけ表情を緩めていた。
「せっかくだ。ドルガンの兄貴の店、行ってみるか」
ジェクスの提案に、二人も異論はなかった。
店は大通りから一本入った、静かな路地にあった。扉を開けると、薬品と金属の混じった独特の匂いが鼻をつく。棚には見たこともない素材が並び、瓶の中で燐光を放つ液体もあった。
「ドルガンの紹介で来た。素材を見てもらいたくてな」
奥から現れた男は、ドルガンとどこか似た目つきをしていたが、口数は多かった。
「弟の紹介とは珍しい。何を見せてくれるんだ?」
ジェクスがヴォルカニスの牙と魔石の欠片を取り出すと、男の表情が変わった。
「……これは、ただの牙じゃないな。しかもこっちの石、まさか例の反射の魔石の欠片か?」
「よく分かるな」
「これだけの素材だ、一目で分かるさ。だが、正直に言うと、俺一人じゃこの二つを一本の剣にまとめる腕はない。加工と、鍛冶――両方の技術が要る」
男はしばらく素材を矯めつ眇めつしながら考え込んでから、続けた。
「王都に、腕のいい鍛冶師がいる。噂じゃ、変わった剣を打つとかで評判だ。俺から話を通してやってもいい」
ジェクスの脳裏に、街で見た炎の魔剣――「Defensor Ignis」の記憶がよぎった。あの剣を打った鍛冶師の噂と、今聞いた話はどこか重なる。もしかしたら、同じ鍛冶師かもしれない。そんな予感を抱えたまま、ジェクスは頷いた。
「頼む」
その夜、宿に戻った三人は、旅の疲れを労うように静かな時間を過ごしていた。だが、カイドの表情には、どこか決意めいたものが浮かんでいた。
「オヤジ、ジェクス。……俺、しばらく一人で修行に出る」
唐突な宣言に、ジェクスは驚かなかった。予感はあった。あの黒幕との戦いで、カイドは自分の力の底を見た。剣を振るう手が届かなかった瞬間の悔しさは、本人にしか分からないものだろう。
「そうか」
短く応じたジェクスに対し、カイドは少し意外そうな顔をしたが、すぐに言葉を継いだ。
「……お前になら、格好つけずに言えるんだよ。あの時、俺は何もできなかった。庇われて、守られて、それで終わりだ。悔しいってのはもう、通り越してる気がする」
「通り越して、何が残った」
「……このままじゃ嫌だ、ってだけだ。単純だろ」
「単純で十分だ」
ジェクスがそう返すと、カイドはふっと肩の力を抜いたようだった。ガルドナーは目を細めて笑った。
「まだ伸び代がある証拠だ。行ってこい」
「オヤジ……」
「見送るのが俺の役目だ。心配なんかしてやらねえよ」
ぶっきらぼうなその言葉に、カイドは一瞬泣きそうな顔をして、それを誤魔化すように鼻を鳴らした。
ジェクスはただ、静かにその背中を見送るつもりだった。それが、自分なりの応援の仕方だと分かっていたから。
今回はいつもより長めの一話になりました。王都編、ここから少しずつ動き出します。次回、いよいよ鍛冶師との対面と、剣作りの話が本格的に始まります。お楽しみに。




