第115話 神聖国の闇
シグルド視点で、あの通信途絶の真相をお届けします。
ノルド神聖王国――その象徴とも言える、白亜の神殿群に、シグルドは、久しぶりに、足を踏み入れていた。
「――帰ったか、シグルド」
出迎えたのは、幼馴染でもある、アイラだった。
「――ああ。……とんでもねえ土産話を、持ち帰ってきちまったよ」
その言葉に、アイラの表情が、僅かに、曇った。
「――信じられない話よね。神々が、私たちの想像していたような存在じゃなかったなんて」
「――だな」シグルドは、いつもの気だるげな調子で、頷いた。「だが、正直、俺は――」
「――俺は?」
「――昔から、少し、引っかかってたことがある」
シグルドは、神殿の奥、聖なる書庫が並ぶ一角へと、視線を向けた。
「――俺の聖なる魔術。……あれは、この神殿で、代々受け継がれてきた技術だ。神から賜った、加護の力だってな」
「――それが、何?」
「――なあ、アイラ」シグルドは、静かに、続けた。「あの魔王戦、覚えてるか。ジェクスの胸に、あの黒い炎が、燃え続けてた時のこと」
その言葉に、アイラの表情が、僅かに、強張った。
「――俺は、あの時、持てる限りの力を、注ぎ込んだ」シグルドの声に、珍しく、真剣な色が滲んだ。「だが、あの炎には、まるで、歯が立たなかった」
「――だから?」
「――もし、本当に、神が俺たちを守るために、この力を与えてくれてるんだとしたら」シグルドは、静かに、しかし確かな疑念を込めて、続けた。「あんな脅威にすら、対抗できないなんて、おかしいと思わないか」
その問いに、アイラは、しばらくの間、言葉を返せなかった。
「――だから、確かめてみることにした」シグルドは、そう言うと、静かに、書庫の奥へと、足を進めていった。
***
夜更け、シグルドは、一人、神殿の最奥――本来、高位の神官しか立ち入りを許されない、封印の書庫へと、忍び込んでいた。
「――こういう時は、面倒くさがってちゃ、いられねえな」
古びた書物の山を、一つ一つ、確認していく。積み重なる埃、色褪せたインク――そこに記されているのは、神殿の成り立ちと、聖なる魔術の起源についての、記録だった。
(――何か、あるはずだ)
指先が、ふと、一冊の書物の上で止まった。表紙には、他とは違う、封蝋の跡が残っている。
その封を、慎重に、解いていく。
「――なんだ、これは」
書物の中身は、これまで見てきた、どの記録とも違っていた。神々が、この世界に及ぼしてきた影響――その裏側に潜む、不穏な記述が、そこかしこに、散りばめられていた。
その時だった。
「――そこで、何をしている」
低く、威圧的な声が、闇の中から響いた。
振り返ると、そこには、神殿の最高位に近い、老いた神官の姿があった。
「――これ以上、深掘りするのは、やめろ」
「――何故です」シグルドは、書物を握りしめたまま、静かに、問い返した。
「――神を、冒涜するな」
その一言が、静まり返った書庫に、重く響いた。
だが、シグルドの目に、怯みの色はなかった。むしろ、その一言によって、疑念は、さらに、強まっていた。
(――止められるってことは、それだけ、都合の悪いことが、書いてあるってことだろ)
「――悪いが」シグルドは、書物を懐に抱え込みながら、静かに、しかし確かに、答えた。「これは、見過ごせない」
「――貴様……」老神官の声が、初めて、怒りに震えた。「その書物を、渡せ」
「――断る」
「――ならば」老神官は、静かに、両手を掲げた。指先に、禍々しいまでの光が、収束していく。「――これ以上の冒涜は、許さん」
その光量に、シグルドは、思わず、息を呑んだ。
(――こいつ、本気で、殺す気か……!)
「――話し合いの余地は、ないみてえだな」
シグルドは、書物を強く抱え込むと、身を翻し、書庫の出口へと、全力で駆け出した。
「――待て!」
背後から、光の奔流が、迫ってくる。棚が、次々と、爆散していく。シグルドは、辛うじて、その余波をかわしながら、薄暗い回廊を、ひた走った。
(――おいおい、やりすぎだろ……!)
走りながら、シグルドは、懐から、水鏡を取り出した。息を切らしながら、なんとか、その表面に、魔力を通す。
「――ガレス、聞いてくれ!」
その声には、隠しきれない、切迫感が滲んでいた。
「――こっちで、妙な動きがある! ……神殿の奥に、俺たちより権力の高い連中が、何かを隠してる!」
背後から、追手の気配が、さらに、迫ってきていた。
「――くそ、まだ話が――」
その時、鋭い閃光が、すぐ傍を、掠めていった。衝撃で、体勢が、大きく崩れる。
「――こっちに、誰か――」
握りしめていた水鏡が、手から零れ落ちた。
水鏡越しの通信が、そこで、途切れた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「聖なる魔法を極めているはずなのに、なぜ魔王の黒い炎からジェクスを救えなかったのか」——シグルド自身の根本的な疑念から始まった潜入調査。老神官との対峙、そして書棚が爆散する回廊を書物一冊を抱えて逃げるシグルドの姿——普段の気だるげな彼らしさを保ちながらも、確かな覚悟が滲む展開になったと思います。「――おいおい、やりすぎだろ……!」という一言にも、彼らしさが出せていたら嬉しいです。
通信が途切れた今、シグルドは無事なのか——次話もお楽しみに。




