第113話 隠密
誰がノルドへ向かうのか——難しい決断が迫られます。
「――誰が、ノルドに向かう」
ガレスの一言に、ギルドの一室に集まった面々が、一斉に、押し黙った。
「――簡単な話じゃない」オルグレンが、腕を組みながら、静かに続けた。「ノルドに行くこと自体が、疑いを招きかねない。……よりによって、今このタイミングで、他国の代表が動けば、何かを詮索してると、勘繰られる可能性がある」
その言葉に、部屋の空気が、一気に重くなった。
「――かといって、放っておくわけにも、いかねえ」カイドが、拳を握りしめながら、呟く。
沈黙が、しばらくの間、続いた。
「――俺が、行きます」
その静けさを破ったのは、ジェクスの声だった。
「――お前が?」ガレスが、思わず、振り返る。
「――俺は、もともと、転移者です」ジェクスは、静かに、しかし、確かな決意を込めて、続けた。「この世界も、この国も、ギルドのみんなも――ここで出会った人たちのことが、大好きです。……でも」
一拍、間を置いて、ジェクスは、続けた。
「――本来、この国の人間じゃない。だから、俺が調査に行っても、"この国の人間が動いた"って話には、ならないはずです」
その理屈に、ガレスは、しばらく、考え込んでいた。
「――一理、あるな」
「――私も、行くわ」
その一言に、視線が、今度は、アリシャへと集まった。
(――二度も、命を助けてもらった)
脳裏に、あの魔王戦の記憶が、静かに蘇る。庇われて、貫かれて、それでも立ち上がった、あの背中。
(――今度は、私が、あなたを支える番よ)
「――私も、転移者よ」アリシャは、静かに、続けた。「だから、ジェクスと同じ理屈が、成り立つはずでしょう」
「――待て」オルグレンが、僅かに、眉を寄せた。「お前は、騎士団の副団長だ。……その立場のまま動けば、また別の意味で、目立つことになる」
「――それは……」
その指摘に、アリシャは、一瞬、言葉に詰まった。
「――正式な立場を、離れれば」ジェクスが、静かに、口を挟んだ。「一時的にでも、副団長としてではなく、個人として動く形にすれば――どうでしょうか」
「――そんな都合のいい話、通るのか」カイドが、怪訝そうに、尋ねる。
「――それを、これから、詰めよう」ガレスが、静かに、そう言うと、一同を見渡した。「――この国から、討伐隊に加わったメンバーだけで、話をさせてくれ」
その一言に、他国出身のメンバー――既に自国へ戻った者たちを除いた、アルディア出身の面々だけが、静かに、残っていった。
***
秘密裏に開かれた会議は、深夜まで、続けられた。
「――待ってください」アリシャが、静かに、しかし、はっきりとした声で、口を挟んだ。「休暇では、駄目です」
「――どういう、意味だ」ガレスが、僅かに、眉を寄せる。
「――中途半端な形で動けば、いずれ、団長や、他の皆さんに、迷惑をかけることになります」アリシャは、真っ直ぐに、一同を見据えながら、続けた。「――もし、そうなるくらいなら、私は、副団長を、降ります」
その一言に、部屋の空気が、静かに、しかし確かに、張り詰めた。
「――本気か」オルグレンが、低く、尋ねる。
「――本気です」アリシャの目に、迷いは、なかった。「今の私に必要なのは、肩書きじゃありません。……調査に、集中できる立場です」
その覚悟に、ガレスは、しばらくの間、無言のまま、アリシャを見つめていた。
「――分かった」ガレスは、静かに、頷いた。「正式に、副団長の任を、解く。……ただし」
「――ただし?」
「――全てが片付いた後、お前が望むなら、いつでも、戻ってこられるようにしておく」ガレスは、静かに、そう続けた。「今回だけの、特例だ」
その言葉に、アリシャは、静かに、頭を下げた。
「――ありがとうございます」
「――ジェクスの方は」オルグレンが、続けた。「もとより、身分を隠して活動してきた冒険者だ。動きやすいだろう」
「――お二人だけで、大丈夫ですか」フィーレが、心配そうに、尋ねた。
「――正直、不安がないと言えば、嘘になる」ジェクスは、静かに答えた。「それでも、大人数で動けば、それだけ目立つ。……二人だからこそ、できることもあるはずです」
その言葉に、ガレスが、静かに頷いた。
「――分かった。……頼む」
「――シグルドを、必ず見つけ出します」
ジェクスの決意に、アリシャも、静かに頷いた。
深夜の会議室に、静かな緊張と、確かな決意が、共に、満ちていった。
証拠なき戦いの、その最初の一手――ジェクスとアリシャ、二人だけの調査が、今、静かに、動き出そうとしていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「本来、この国の人間じゃないから」というジェクスの理屈、そして「もし、そうなるくらいなら、私は、副団長を、降ります」というアリシャの覚悟——二人がそれぞれの立場を賭けて、この調査に臨む決意が伝わっていれば嬉しいです。「二度も、命を助けてもらった。今度は、私が、あなたを支える番よ」——アリシャの想いも、そっと添えてみました。
いよいよ、二人だけの調査が始まります。次話もお楽しみに。




