第112話 反逆の名の下に
魔王からの連絡、そして予期せぬ知らせが、討伐隊を襲います。
その日、ギルドの一室に、ジェクスたち討伐隊の主要メンバーが、緊急招集されていた。
「――鏡が、反応した」
ガレスの手にある鏡――魔王から渡された、あの通信用の魔道具が、静かに、淡い光を放っていた。
その光の中に、ゆっくりと、魔王の姿が、映し出されていく。
「――久しぶりだな」
低く、感情の読めない声が、鏡越しに響いた。
「――調べは、どうだった」
その問いに、ガレスが、静かに答えた。
「――五大国、それぞれで、可能な限りの調査を行った。……だが」
「――だが?」
「――何も、出てこなかった」ガレスは、険しい表情のまま、続けた。「神が悪だと示す証拠は、古文書にも、伝承にも、どこにも見当たらない」
その報告に、鏡の向こうから、静かな笑い声が漏れた。
「――そうだろうな」魔王は、淡々と答えた。「あいつらは、都合の悪いものを、徹底的に改竄する。証拠なんぞ、最初から残らないようにできている」
「――だったら、俺たちは、どうすればいい」ジェクスが、思わず、声を上げた。
「――それは、お前らが、考えることだ」
その突き放すような言葉に、部屋の空気が、一気に重くなった。
「――待て」オルグレンが、低く唸った。「証拠もないまま、あんたの言葉を信じて、行動しろというのか」
「――そうだ」魔王は、あっさりと、そう答えた。
「――それは……」ケインが、資料を握りしめながら、震える声で続けた。「このまま、証拠もないのに、あなたに味方すれば……我々は、反逆罪に問われかねません」
その一言に、部屋中の視線が、一斉に集まった。
「――反逆罪、ですって?」アイラが、思わず、声を上げる。
「――五大国は、これまで、神を信仰の対象として扱ってきた」ケインは、静かに、説明を続けた。「その神を、証拠もなしに"敵"と断定し、魔王に味方する――それは、国家間の秩序そのものを覆す行為だ。……最悪の場合、俺たちは、自国からも、他国からも、裏切り者として扱われる」
その説明に、誰もが、言葉を失った。
「――くく」
鏡の向こうから、魔王の、乾いた笑い声が響いた。
「――面白いだろう。証拠を残さないことこそが、あいつらの、最大の武器だ。……信じるか信じないか、それすら、証明できない状況に、お前らを追い込む」
「――卑怯な話だ」ジェクスが、拳を握りしめた。
「――卑怯? いや、あいつらにとっちゃ、これが日常だ」魔王の声に、僅かな苦々しさが滲んだ。「お前らが、何を選ぼうと、俺は構わん。……ただし」
魔王の視線が、鏡越しに、真っ直ぐジェクスへと向けられた。
「――5年の猶予、それ自体は、変わらない。……信じるにせよ、信じないにせよ、お前ら自身で、決めろ」
その一言を最後に、鏡の光が、静かに消えていった。
部屋に残されたのは、重い沈黙だけだった。
「――どうする」ガレスが、静かに、一同を見渡した。
「――証拠がない以上」オルグレンが、低く呟いた。「表立って動けば、俺たちの立場が、危うくなる」
「――だったら」ジェクスが、静かに、しかし確かな決意を込めて、口を開いた。
「――表立たずに、動けばいい」
その一言に、部屋の面々が、一斉に、ジェクスへと視線を向けた。
「――どういうことだ」
「――7人を揃える、という話自体は、誰にも証明できない秘密の話です」ジェクスは、続けた。「反逆罪に問われるのは、あくまで、"公に"魔王に味方した場合だ。……水面下で、俺たち個人が動く分には、まだ、道はあるはずです」
その言葉に、ガレスが、しばらく考え込んだ後、静かに頷いた。
「――危ない橋だな」
「――それでも」ジェクスは、静かに、しかし確かに、答えた。「このまま何もしないという選択肢は、俺には、ありません」
その決意に、部屋の空気が、静かに、しかし確実に、変わっていった。
証拠なき戦い――それでも、進むべき道を、討伐隊は、静かに選び取ろうとしていた。
***
その静けさを破ったのは、机の上に置かれた、もう一つの通信用魔道具――各国の代表たちと連絡を取るための、簡易な水鏡だった。
「――ノルドから、着信だ」ガレスが、水鏡に手をかざしながら言った。
映し出されたのは、シグルドの姿だった。だが、その表情は、いつもの気だるげなものとは、明らかに違っていた。
「――ガレス、聞いてくれ」シグルドの声には、隠しきれない切迫感が滲んでいた。「こっちで、妙な動きがある。……神殿の奥に、俺たちより権力の高い連中が、何かを隠してる」
「――隠してる、だと?」
「――ああ。書簡を調べようとしたら、止められた。……"神を冒涜するな"、とな」
その言葉に、ジェクスは、思わず、身を乗り出した。
「――シグルド、詳しく――」
だが、その先を、シグルドが続けることはなかった。
「――くそ、まだ何か――」
水鏡の映像が、突如として、激しく乱れ始めた。
「――シグルド!?」
「――こっちに、誰か――」
その一言を最後に、通信は、ぶつりと、途絶えた。
水鏡には、ただ、静かな波紋だけが、残されていた。
「――シグルド! おい、シグルド!」ガレスが、繰り返し呼びかけるが、応答は、返ってこなかった。
部屋に、重い沈黙が、静かに満ちていった。
「――行くぞ」ジェクスが、静かに、しかし確かな決意を込めて、立ち上がった。「ノルドに」
その一言に、誰も、異を唱えなかった。
証拠なき戦いの、その最初の綻びが――今、静かに、姿を現し始めていた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
証拠が一切出てこない――「証拠を残さないことこそが、あいつらの最大の武器だ」という魔王の言葉が、討伐隊を難しい立場に追い込みました。それでも「表立たずに、動けばいい」と決意するジェクス。そこへ届いた、シグルドからの緊急通信——「神殿の奥に何かを隠してる」という報告の途中で、通信が途絶えるという不穏な引きになりました。
ノルドで、一体何が起きているのか——次話もお楽しみに。




