第106話 魔王とは
X reflexio激突、その結末をお届けします。
白い光が晴れていく。
炎と闇、二つの波長が刃の上で一つに揃えられ、放たれた閃光――その激突の余韻が、まだ、空気を微かに震わせている。
だが、光が完全に晴れた時、そこには――何も、残っていなかった。
「――消し、飛んだのか?」カイドが、呆然と呟いた。
魔王の巨躯があった場所には、黒い粒子が、僅かに宙を漂うだけだった。折り返された闇の奔流が、魔王自身の力を、そのまま上回り、その体そのものを、跡形もなく消し去っていた。
「――やった……! やったぞ!」ダグラスが、思わず拳を突き上げる。
その場に、歓声にも似たどよめきが、静かに広がっていった。
だが、ジェクスだけは、剣を構えたまま、動かなかった。
(――何かが、おかしい)
想定録の棚が、静かに、警鐘を鳴らしていた。あれほどの存在が、一撃で、こんなにもあっさりと消え去るはずがない。その違和感が、拭い切れなかった。
「――喜ぶのは、まだ早いぞ」
低く、涼やかな声が、崩れかけた広間に響いた。
「――レトゥス!」
いつの間にか、瓦礫の陰から、レトゥスが、姿を現していた。その傍らには、カテナとイグニスの姿もある。
「――ほーう。やるじゃねーか」レトゥスは、消え去った魔王の痕跡を見渡しながら、口の端を吊り上げた。「だがな」
「――何が、言いたい」ガルドナーが、低く唸る。
「――魔王だぜ? 死んだくらいで、終わるかよ」
その一言に、討伐隊の面々の間に、緊張が走った。
「――カテナ、イグニス」レトゥスが、静かに、目配せする。「頼む」
「――ええ、もちろん」イグニスが、静かに頷いた。
二体は、崩れかけた玉座へと歩み寄ると、その手を、静かに触れさせた。
「――さあ、我らが魔王よ。……お戻りください」
カテナの声とともに、二体の体から、膨大な魔力が、玉座へと流れ込み始めた。
「――ぐ、う……!」
イグニスの表情が、苦悶に歪む。それでも、その手は、止まらなかった。二体の魔力が、まるで命を削るようにして、玉座へと注ぎ込まれ続けていく。
「――なんだ、あれは……」オルグレンが、目を見張る。
やがて、玉座の中心に、黒い粒子が、少しずつ、集まり始めた。バラバラに散っていたはずのものが、まるで意志を持つかのように、一点へと引き寄せられていく。
「――嘘、だろ」ジェクスが、思わず、声を漏らした。
粒子は、瞬く間に、人の形を象っていった。24歳ほどの、あの若い男の姿――魔王が、静かに、玉座の上に、その姿を取り戻していく。
「――ふう」
短く息を吐くと、魔王は、ゆっくりと目を開けた。
「――カテナ、イグニス、大儀だった」
二体は、疲労困憊の様子で、その場に膝をついていた。注ぎ込んだ魔力の大半を失い、息も絶え絶えになっている。
「――お前ら……!」ジェクスが、剣を構え直す。
だが、魔王は、それを制するように、片手を上げた。
「――待て。今は、戦うつもりはない」
「――は?」
「――よく、俺を倒した」魔王は、静かに、そう告げた。「これほどの一撃、久方ぶりに味わった。……褒美をやろう」
「――褒美、だと」
「――お前らが、ずっと知りたがっていたことを、教えてやる」魔王は、玉座に深く腰掛けながら、続けた。「なぜ、我々が人類と戦い続けているのか。……そして、ダンジョンの、本当の経緯を、な」
その言葉に、討伐隊の面々の間に、緊張とは違う、別の緊迫感が広がっていった。
長きにわたる旅の果て、ずっと積み重ねられてきた疑問――その答えが、今、明かされようとしていた。
「――まず、軽い話からしてやろう」魔王は、退屈そうに、話を切り出した。「ダンジョンってのは、俺の実験の一つに過ぎん。魔物や魔族を効率よく育て、力を蓄えさせるための施設だ。……もっとも、これは、さして重要な話じゃない」
「――実験、だと」ガルドナーが、低く唸る。
「――ああ。俺の魔力が、覚醒もなしにあれだけあった理由も、この先の話と、根っこは同じだ。詳しくは、後で分かる」
魔王は、続けて、片手を軽く振った。
「――闇ギルドの奴隷売買。あれも、大した理由じゃない。……多くの人間を集めて、その中からギフトの兆候がある者を、密かに選り分けるための、隠れ蓑だ」
「――そんな、ことのために……!」アリシャが、思わず、声を荒らげる。
「――お前らからすれば、許せんだろうな。だが、こちらにとっちゃ、必要な手段だった」
魔王は、感情の乗らない声で、淡々と続けた。
「――そして、お前ら転移者・転生者が、なぜこの世界に来るのか。……その理由も、教えてやろう」
その一言に、ジェクスの背筋が、僅かに強張った。
「――神々の、気まぐれだ」
「――気まぐれ?」
「――ああ。お前らのような異世界人を、この世界に招き入れ、ギフトを与える。それだけのことに、大した理由なんぞない」魔王は、静かに、続けた。「ただし――お前らが、この世界に"認められる"行いをすれば、な」
魔王の視線が、真っ直ぐに、ジェクスへと向けられた。
「――ギフトが、書き換わる。……お前が、身をもって経験したようにな」
その言葉に、ジェクスは、静かに、息を呑んだ。
「――さて」魔王は、ゆっくりと、玉座から立ち上がった。「ここからが、本題だ。……お前らの元いた世界で言う、"神"というものが、一体何なのか。教えてやろう」
その一言を最後に、崩れかけた広間に、重い沈黙が、静かに降りていった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
魔王が消し飛び、歓喜に沸いた次の瞬間――「死んだくらいで終わるかよ」というレトゥスの一言、そしてカテナ・イグニスが命を削るようにして魔王を復活させる場面。ここから明かされる「褒美」という名の告白——ダンジョンの真実、奴隷売買の真の目的、転移・転生の理由まで、これまでの伏線が少しずつ繋がり始めました。
そして、いよいよ次話。「神とは何なのか」——物語の核心に、触れることになります。次話もお楽しみに。




