第102話 蹂躙
強気者のギフトを求める魔王の蹂躙が始まる
「――話にならんな」
魔王の呟きが、静まり返った戦場に、冷たく響いた。
「――だが」魔王は、討伐隊の面々を、値踏みするように見渡した。「この中でなら、ジェクス。貴様が、一番強い」
その言葉に、ジェクスは、思わず息を呑んだ。
「――仕方ない」魔王は、感情の読めない声で、静かに続けた。「貴様だけは、残してやろう。……他は、全員、死ね」
その一言と同時に、魔王の体が、変貌を始めた。
「――なっ!?」
漆黒の魔力が、瞬く間に、魔王の全身を包み込んでいく。人の姿は、見る間に膨れ上がり、十五メートルはあろうかという、巨大な黒い獣へと姿を変えていった。
「――嘘、だろ……」カイドが、声を震わせる。
その体中から、無数の触手が、音を立てて伸び始めた。魔力で編み上げられた、黒い槍のような、禍々しい形状。それが、一斉に、討伐隊の面々へと襲いかかった。
「――散開しろ!」ガレスが、叫ぶ。
だが、その声が届く間もなく、触手の一本が、リヒトの体を、容赦なく貫いた。
「――ぐ、あ……」
「――リヒト!」バルドが、悲痛な叫びを上げる。だが、その隙を突くように、別の触手が、バルド自身の胴を貫いていった。
「――そんな……!」ノクスが、目を見開く。だが、既に、その背後にも、黒い影が迫っていた。
戦場は、瞬く間に、地獄と化した。逃げる間も、防ぐ間もなく、次々と、命が刈り取られていく。
「――畜生、こんな……!」ダグラスが、身のこなしを活かして触手を掻い潜ろうとするが、その動きすら、獣の巨躯には見切られていた。斜め上から振り下ろされた一撃が、彼の体を、地面へと叩きつける。
「――ダグラス!」ロルフが、大盾を掲げて庇おうとするが、その盾ごと、二本の触手に貫かれた。
「――くっ、が……!」
シグルドが、悲鳴を上げる暇もなく、負傷者の間を駆け回りながら、光を放ち続けていた。だが、癒す速さよりも、傷が生まれる速さの方が、圧倒的に上回っている。
「――追いつかねえ……! こんなの、追いつくわけがねえ!」
その叫びにも似た声が、戦場の絶望を、如実に物語っていた。
ジェクスは、その全てを、視界の端で捉えながら、なおも剣を振るい続けていた。想定録の棚を、必死に巡らせる。だが、どれだけ想定を重ねても、この圧倒的な物量差を覆す糸口は、どこにも見つからなかった。
(――このままじゃ、全滅する)
その焦燥が、胸の奥で、渦を巻いていく。
「――くそ、くそっ!」ジェクスは、剣を振るいながら、必死に触手を斬り払う。だが、次から次へと生まれてくる触手の数は、あまりにも多すぎた。
「――アリシャ、危ない!」
視界の端で、一本の触手が、アリシャへと真っ直ぐに伸びていくのが見えた。守るべき人の姿と、迫りくる死の気配――その二つが、一瞬にして、ジェクスの視界の中心を占めた。
「――っ!」
考えるより先に、体が動いていた。ジェクスは、アリシャを庇うように、その前へと割り込んだ。
「――ジェクス!?」
アリシャの叫びが、遠くに聞こえた。
次の瞬間、鋭い衝撃が、胸を貫いた。
「――が、は……」
視界が、白く霞んでいく。自分の胸から、黒い触手が、まっすぐに突き出ているのが、他人事のように見えた。
「――ジェクス! ジェクスーーー!!」
アリシャの絶叫が、戦場に響き渡った。
「――バカな奴め」
魔王の、感情の乗らない声が、遠くから聞こえた。
「――庇わなければ、もう少し、生きられたものを」
薄れゆく意識の中、ジェクスは、崩れ落ちていく自分の体を、ただ、静かに感じていた。
(――ああ、そうか)
痛みすら、もう、遠い。
(――俺は、ここで)
視界が、急速に、暗く狭まっていく。アリシャの叫び声も、遠く、水の中で聞くように、歪んで届いた。
意識が、完全に閉ざされる、その寸前――ジェクスの体は、力なく、地に崩れ落ちていった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
これまでの物語の中でも、最も過酷な回になったかと思います。魔王の変貌、次々と失われていく仲間たち、そしてアリシャを庇って心臓を貫かれるジェクス——「バカな奴め、庇わなければもう少し生きられたものを」という魔王の一言が、あまりにも重く響きます。
この絶望的な状況が、この先どうなるのか——次話もお楽しみに。




