第101話 神の領域
魔王の言葉に、ジェクスの心が大きく揺さぶられます。
玉座に座る魔王――その姿は、想像していたどんな怪物とも違っていた。24歳ほどに見える、若い男性の姿。体格は170センチほどと、小柄な部類だった。無造作に伸ばした髪が、緩やかに揺れている。纏う魔力の異様さを除けば、ただの人間にしか見えない、その容貌だった。
「――ゴミ、だと」
ジェクスの声が、静かに、しかし確かな怒りを孕んでいた。
「――それでも、俺たちが命を賭けるのが間違ってると言うなら」ジェクスは、魔王を真っ直ぐに見据えた。「俺は、もっと強くなる。……それだけだ」
その言葉に、魔王は、僅かに目を細めた。
「――洞窟を出て、その程度の力で、我々の領域に届いたとでも思ったか?」
魔王は、静かに、しかし圧倒的な存在感を纏いながら、続けた。
「――俺の魔力は、150万だ」
その数字に、部屋の空気が、一気に凍りついた。
「――正直、魔力だけで強さは計れん」魔王は、淡々と続けた。「だが、指標にはなる。……使える魔法にも、限りがあるからな」
「――何が、言いたい」
「神に届く魔法は、一撃で最低10万は使わなきゃ、話にもならん」魔王の声に、初めて、僅かな苛立ちが混じった。「ギフトで身体を強化したところで、それを支える魔力がなけりゃ、力の全てなど出せん。……想像力が、乏しすぎるんだよ」
「――想像力?」
「魔法は、想像力だ」魔王は、断言した。「ギフトを想像する時間が、たった10秒しかなかったこと自体は、ゼインから聞いている。……だが、それでも、な」
魔王の目が、冷たく細められた。
「――どいつもこいつも、10秒あれば、神すら倒せる想像ができたはずだ。それをしなかった。……備えが、足りねえんだよ」
その一言が、ジェクスの胸に、深く突き刺さった。
(――俺の、これまでの積み重ねが)
三十三年分の想定。この世界で積み上げてきた技術。全てが、たった一言で、根こそぎ否定されたような感覚だった。
「――くくっ」
ゼインが、小さく笑う声が、耳に届いた。
(――俺は今、どんな顔をしてるんだろうな)
自分の努力が、全て無駄だったのではないか。積み重ね方そのものが、間違っていたのではないか――その疑念が、じわりと、心を蝕んでいく。
その時だった。
「――ジェクス」
背後から、静かな声が、聞こえた。
「――あなたは、何度も、私たちのピンチを救ってくれた」アリシャの声は、揺るぎなかった。「あなたの努力は、魔力の数字だけじゃない」
「――アリシャ……」
「――想定外? 結構じゃない」アリシャは、静かに、しかし力強く続けた。「人生は、想定できないから、楽しいんでしょう?」
その言葉に、ジェクスの目に、失われかけていた光が、静かに戻ってきた。
(――そうだ。……そうだったな)
三十三年間、想定してきたのは、絶望するためじゃない。この一瞬一瞬を、精一杯生きるためだった。
「――ふん」
魔王が、僅かに、笑みを浮かべた。
「――目に、光が戻ったか。……悪くない」
魔王は、そう言うと、静かに、しかし圧倒的な気配を纏った。
「――ならば、まとめて、かかってこい」
「――全員で、いいのか」ガレスが、剣を構え直しながら、低く尋ねる。
「――構わん。……そのくらいの余裕は、ある」
その言葉に、討伐隊の面々が、それぞれの得物を構えた。ジェクスも、デュオ・プロヴィーサを握り、魔王と正面から向き合った。
「――行くぞ!」
ガレスの号令とともに、討伐隊の総攻撃が、一斉に、魔王へと叩き込まれた。
だが、その結果は、あまりにも一方的だった。
「――遅い」
魔王が、僅かに腕を振るっただけで、迫っていた数名が、まとめて吹き飛ばされる。
「――ぐああっ!」
「――くっ!」オルグレンが、鋼の武器を生成しながら斬りかかるが、その一撃は、魔王の体に触れることすらなく、空を切った。
「――嘘、だろ」
ロルフの大盾が、まるで紙のように、あっさりと弾き飛ばされる。ネリアの魔法も、シグルドの聖剣術も、アイラの正確な剣筋も、何一つとして、魔王に届かなかった。
「――なんだよ、これ……」カイドが、抜刀の型を放つが、その刃は、虚しく空を斬るだけだった。
一人、また一人と、討伐隊の面々が、地に伏していく。数の利も、連携も、これまで積み重ねてきた全てが、まるで意味を成さないかのように、蹂躙されていった。
「――くそっ!」
ジェクスは、炎を纏った剣で斬りかかるが、その一撃さえも、魔王には、まるで届かなかった。
「――これが、貴様らの積み重ねか」魔王が、冷たく、そう呟いた。「話にならんな」
夜の果て、圧倒的な力の差を前に、討伐隊は、なす術もなく、追い詰められていった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「備えが足りねえんだよ」——魔王の一言が、これまでのジェクスの積み重ねそのものを否定するような、重い一撃になりました。それでも、アリシャの「人生は想定できないから楽しいんでしょう?」という言葉が、光を取り戻すきっかけになったかと思います。しかし、その先に待っていたのは、あまりにも一方的な蹂躙——討伐隊の総攻撃も、魔王には一切届きませんでした。
この絶望的な状況を、どう覆すのか。次話もお楽しみに。




