第10話 ギルドマスターは想定外
大蛇ヴォルカニス討伐という大仕事を終えたジェクスたち。今回はうって変わって、ギルドの緊急クエストに挑む展開です。旧市街での乱戦、少しきな臭い相手も登場します。お楽しみいただけると嬉しいです。
ギルドの掲示板に、緊急クエストの張り紙が貼り出されたのは、大蛇討伐の祝杯から数日後のことだった。
「盗難品捜索——国宝級魔石、至急奪還」
受付嬢が険しい顔で説明する。数日前にジェクスが届けた魔石が、加工職人ドルガンの工房から忽然と姿を消したのだという。犯人は「正式なギルドに属さない」連中——ドルガンを追い回していたあの集団と同一と見て間違いない、と。
「しかも」と受付嬢は声を落とした。「あの魔石、加工すると魔法を反射する性質があるらしくて。国が正式に把握したのはつい昨日だとか」
ジェクスは小さく息をついた。ドルガンから直接聞かされていたことが、ようやく公の場に出てきたに過ぎない。とはいえ、こうして緊急クエストという形で国が動き出したという事実は、その価値の大きさを改めて物語っていた。
「受けます」
迷いなく言い切ったジェクスの隣に、影のように並ぶ者がいた。
「……俺も行く」
カイド〔ライバル〕だった。腕を組み、視線はどこか宙に浮かせたまま、まっすぐジェクスを見ようとしない。
「別に、お前の実力を認めたとかそういうんじゃねえからな。ただ、オヤジが世話になった依頼主だって言ってたし、恩を返すのは筋ってもんだろ」
ジェクスは小さく笑んだ。理由はどうあれ、この男が「一緒に行く」と言葉にしたこと自体が、火山での一件からの変化だった。
「そりゃ助かる。お前がいてくれると、正直心強い」
「……っ、べつに、お前のためじゃねえって言ってんだろ」
耳の先を赤くしながら、カイドはそっぽを向いた。
そこへ、奥の執務室から重い足音が近づいてくる。ガルドナーだった。
「俺も同行する」
短くそれだけ言うと、二人の若者を交互に見た。
「ドルガンには昔、世話になった。それに——魔法を反射する石が闇ギルドの手に渡ったとなれば、これはギルド全体の問題だ。若い二人だけで行かせる話じゃない」
黒豹の二つ名を持つ男が加わるとなれば、心強さは段違いだ。三人でのパーティー編成が、こうして決まった。
出立前、ギルドの資料室でガルドナーが古びた地図を広げた。
「闇ギルドの拠点は、おそらく旧市街だ。表通りからは見えん、路地の奥にある廃教会——数年前から、うろんな連中の出入りがあるという噂は耳にしていた」
「噂止まりだったのは?」ジェクスが尋ねる。
「正式な依頼が出るまでは、こちらから手は出せん。ギルドにも縄張りというものがあるんでな」
カイドが地図を覗き込みながら舌打ちする。
「面倒くせえ話だ。まあいい、行きゃわかる」
情報収集は半日で済んだ。旧市街に詳しい古株の冒険者から聞き込みをし、廃教会周辺の見張りの数、出入りの時間帯、周辺の建物の配置——想定録にも新たな項目が刻まれていく。ジェクスにとって、これもまた「もしも」の延長線上にある作業だった。
「想定録、更新——旧市街潜入案、三パターン」
小さく呟いた声を、隣を歩くカイドが拾う。
「またそれか。お前、いつもぶつぶつ言ってるよな、それ」
「癖みたいなもんだ」
「気持ち悪い癖だな」
軽口を叩きながらも、カイドの足取りに以前のような刺々しさはなかった。
夕刻、三人は旧市街の入り口に立った。
かつて栄えていたはずのその一帯は、今では朽ちた建物が並び、人影もまばらだ。石畳の隙間から伸びた雑草が、時の流れを物語っている。B級冒険者として名を上げつつあるカイドの実力は、こうした未知の危険地帯でこそ真価を発揮する。
三人は路地の奥へと足を進める。廃教会の輪郭が、夕闇の中にぼんやりと浮かび上がってきた頃——
不意に、行く手の暗がりから、複数の気配が動いた。
暗がりから現れたのは、四人の男たちだった。フードを目深に被り、腰には粗雑な造りの剣を差している。ギルドの正式な認証章はどこにも見当たらない。
「よそ者が、こんなところで何してんだ?」
先頭の男が低く唸るように言った。声には隠しきれない緊張が滲んでいる。素人ではない——だが、手練れとも言い難い。想定録が瞬時にその実力を弾き出す。
「想定録、該当項目——中堅程度の武装集団、正規訓練の痕跡薄し」
ジェクスは声には出さず、内心でそう判定した。
「廃教会に用がある。それだけだ」
ガルドナーが静かに一歩前へ出た。それだけで、男たちの空気が明らかに強張る。
「……黒豹のガルドナー……!?」
「知っているなら話は早い。大人しく道を空けろとは言わん。だが、後ろに何を隠しているかくらいは、聞かせてもらおうか」
その瞬間、男の一人が短く口笛を吹いた。合図だ。廃教会の方角から、さらに複数の足音が押し寄せてくる。
「上等だ」
カイドが剣を抜き放つ。夕闇の中、刃が鈍く光った。
「ジェクス、お前は後方から状況見て動け。俺とオヤジで前を抑える」
「……お前が俺に指示するのか」
「文句あるか。数の把握と全体の采配、お前の得意分野だろうが」
ジェクスは小さく笑った。かつて突っかかるだけだった男が、今は的確に役割を割り振ってくる。これもまた、あの火山での一件が残した変化なのだろう。
「上等だ、その采配に乗る」
暗がりから飛び出してきたのは、四人だけではなかった。物陰から次々と新手が現れ、瞬く間に十人近い数に膨れ上がる。
「数だけは揃えてきたか」
ガルドナーが低く呟き、拳に幻獣魔法の気配を纏わせた。黒い靄のようなものが腕を包み、獣の輪郭を薄く浮かび上がらせる。
「行くぞ」
その一言を合図に、乱戦が始まった。
カイドの剣が二人分の間合いを一息で潰す。がむしゃらだった以前の剣筋とは違う、無駄のない踏み込み。ガルドナーは素手のまま敵の剣を弾き、幻獣の膂力で吹き飛ばす。ジェクスは後方から全体を見渡し、想定録を高速で回転させていた。
「想定録、更新——右手前の二人、動きが変則」
ジェクスの目に留まったのは、集団の中でもひときわ奇妙な動きをする二人組だった。他の男たちが我流ながらもこの世界の剣術の型に沿って動くのに対し、その二人の身のこなしにはまるで型がない。踏み込みも、剣の握り方も、まるで違う体系から来ているようだった。
しかも、剣を振るう瞬間の目に、迷いというものが一切なかった。人を斬ることに対して、恐れも高揚もない。ただ作業のように、淡々と刃を振るう。
「……お前ら、何者だ」
ジェクスの問いに、二人のうちの片方が笑った。歪んだ、感情のこもらない笑いだった。
「さあな。こっちじゃ、名前なんて大した意味ねえよ」
その言い草に、ジェクスは微かな違和感を覚えた。想定録のどの項目にも、こんな反応の型はない。だが今は、それを深く考えている暇はなかった。
「カイド、右の二人には気をつけろ。動きの筋が違う」
「言われなくてもわかってる」
剣を打ち合わせながら、カイドが短く返す。ガルドナーもまた、視線の端でその二人を捉えていた。表情には出さないが、何かを察したような、わずかな翳りが浮かんでいる。
二人組のうち、体格のいい方が先に動いた。踏み込みの速度が、明らかに常人の域を超えている。カイドの剣を真正面から受け止め、押し返す膂力。
「……力任せか」
ジェクスは冷静に見切っていた。速さも力も並外れてはいるが、動き自体は粗い。強化された身体をただ振り回しているだけで、そこに工夫や緻密さは感じられない。自分のギフトのように、細部まで想像し尽くした上で組み上げられた力ではない——本人の技量ではなく、力の底上げだけで戦っている印象だった。
厄介なのは、もう一人だった。
小柄な方の男は、剣を振るう速度こそ平凡だったが、反応だけが異様に速い。ガルドナーの拳が繰り出される直前、まるで先を読んでいるかのように紙一重で躱す。攻撃を受け切るのではなく、当たる瞬間を悉く外してくる。
「……反射だけ化け物か」
ガルドナーが舌打ちする。力でも速さでもなく、ただ「反応する」という一点だけが尋常でない。捉えたと思った瞬間にはもう躱されている——単純だからこそ、崩すのが難しい厄介な性質だった。
ジェクスは想定録を高速で走らせながら、二人の性質を分析していく。
「想定録、該当項目——身体強化型、力任せで技術の裏付け薄し。反射特化型、読みではなく反応速度そのものが異常」
どちらも、力の使い方に「作り込み」がない。ただ与えられた力を、そのまま振り回しているだけだ。
——まるで、力を手に入れた瞬間から、深く考えることをやめてしまったかのように。
そんな違和感を覚えながらも、ジェクスは声に出さず、戦況の采配に意識を戻した。
「カイド、力任せの方は受け流せ。まともに受けるな。反射の方はガルドナーさんに任せる、崩しはこっちで作る」
「……お前、ほんとにこの状況で分析続けてんのか」
「癖だって言っただろ」
軽口を挟みながらも、三人の連携は着実に敵の勢いを削いでいった。
戦況が動いたのは、カイドが力任せの男の剣を受け流し、体勢を崩させた瞬間だった。
「そこだッ!」
がら空きになった胴に、カイドの一撃が叩き込まれる。強化された肉体は頑丈だったが、崩れた姿勢では力を発揮できない。男は膝から崩れ、意識を刈り取られた。
「一人落とした!」
「上出来だ」
ガルドナーの声には余裕が滲んでいた。だが、反射特化の男だけは、なおも紙一重で躱し続けている。まるで壊れた玩具のように、当たる瞬間だけを執拗に避け続ける動き。
「……厄介な奴だ」
ジェクスが前へ出ようとしたその時、ガルドナーが片手でそれを制した。
「待て、これは俺がやる」
黒豹の気配を纏う腕に、さらに魔力が重ねて流し込まれていく。幻獣魔法の輪郭が濃さを増し、獣の姿がより鮮明に浮かび上がった。
「幻獣魔法、底上げ——本気を見せてもらうぞ」
次の瞬間、ガルドナーの拳速が一段跳ね上がった。反射特化の男が、いつものように躱そうと体を捻る——だが、その動きは間に合わなかった。魔力で底上げされた一撃は、男の反応速度そのものを置き去りにしていた。
「……ッ!?」
驚愕に見開かれた目のまま、拳が顎を捉える。男の体が崩れ落ちた。
「反応するにも、限度があるということだ」
ガルドナーが息を整えながら呟いた。
「さ、さすが元S級……」
ジェクスは思わず声を漏らした。想定録の中にも、これほどの底上げを見せる幻獣魔法の記録はない。淡々と分析するはずの頭が、一瞬だけ少年のような素直な感嘆に塗り替えられていた。すぐにその表情を引き締め、心の中でだけ想定録に書き加える。
「想定録、更新——幻獣魔法は魔力供給量で出力が変動する。ガルドナー氏の底力、未知数」
残る敵は数を減らし、統率もなく浮き足立っている。カイドとガルドナーがそれを一気に押し切り、乱戦はものの数分で決着した。
「……終わったか」
ジェクスは息を整えながら、倒れた二人を見下ろした。想定録にも刻まれなかった、あの妙な違和感だけが、胸の奥にわずかに引っかかっている。
「おい、突っ立ってねえで行くぞ。廃教会はまだ先だ」
カイドの声に、ジェクスは我に返った。
「ああ、行こう」
三人は倒れた男たちを一瞥し、廃教会へと足を向けた。夕闇はいよいよ深まり、その奥に潜む何かを、静かに覆い隠していた。
乱戦を切り抜けた三人は、荒い息を整えながら廃教会へと歩を進めた。石造りの門は蔦に覆われ、長い年月の放置を物語っている。だが、扉の隙間からは微かに灯りが漏れていた。
「中に、まだ人がいるな」
ガルドナーが低く呟き、拳を握り直す。カイドは剣の柄に手をかけたまま、油断なく周囲に視線を配った。
「油断するなよ、あの二人だけがおかしな連中とは限らねえ」
「わかってる」
ジェクスは静かに頷きながら、想定録を一段深く潜らせていた。先ほどの二人組——型のない動き、迷いのない目。あの違和感の正体を摑めないまま、扉の奥へと足を踏み入れることに、言いようのない予感めいたものを覚えている。
「行くぞ」
ガルドナーが先頭に立ち、朽ちた扉に手をかけた。軋んだ音を立てて、扉がゆっくりと開いていく。
漏れ出た灯りの奥、祭壇のあった場所には、見覚えのない紋様が刻まれた祭具と、雑然と積まれた木箱が並んでいた。そして、その中央に——探し求めていた輝きが、静かに佇んでいた。
「あれが、例の魔石か」
ジェクスの視線の先で、淡い光を放つ石が、まるで自分たちの到着を待っていたかのように、そこにあった。
だが、その静けさこそが、何かを予感させた。
三人は無言のまま、互いに視線を交わし、廃教会の奥へと足を踏み入れていった。
ここまでお読みいただきありがとうございます!今回は新キャラクターも登場しましたが、彼らの正体については、また今後の話で少しずつ触れていければと思います。次話では、ついに廃教会の奥へ——魔石を巡る展開が動き出します。次回もよろしくお願いします!




