第3話『正しかったはずの選択』
――なぜ、こうなった。
静まり返った玉座の間で、王太子は一人、立ち尽くしていた。
数刻前まで、そこには人がいた。
貴族たちも、騎士も、あの女も。
だが今は、誰もいない。
残っているのは――視線の残滓だけだ。
(おかしい)
拳を握る。
爪が食い込む。
痛みで、現実を確かめる。
だが、何も変わらない。
「……なぜだ」
呟きが、虚しく響く。
自分は間違っていないはずだった。
弱い者を守る。
理不尽を裁く。
それが、王の務めだと信じていた。
だから、リリィを守った。
彼女は震えていた。
怯えていた。
助けを求めていた。
それを見て、手を差し伸べないなど――ありえない。
なのに。
(なぜ、ああなった)
頭の中で、あの瞬間が繰り返される。
証言。
証拠。
録音。
逃げ場のない事実。
そして。
「あなたは、王になる資格がありません」
あの女の声。
静かで、確信に満ちた声。
否定できなかった。
一言も。
「……違う」
思わず、口に出る。
違う。
自分は、間違っていない。
ただ――運が悪かっただけだ。
証拠が揃っていなかった。
周囲が無能だった。
騙されたのだ。
そうだ。
悪いのは、自分ではない。
「……そうだ」
そう結論づけた瞬間。
胸の奥に、微かな違和感が残った。
消えない。
引っかかる。
あの問い。
「なぜ、あなたは私を断罪しようとしたのですか?」
あのとき、答えた。
“被害者だからだ”と。
それの、何が間違っている?
弱い者は守られるべきだ。
それは正しい。
正しいはずだ。
だが。
――調べたか?
ふと、思考が止まる。
自分は、調べただろうか。
証拠を、精査しただろうか。
彼女の言葉以外に、何を見た?
何を、確かめた?
「……」
何も、出てこない。
ただ、信じた。
“そうであってほしい姿”を。
その瞬間。
理解が、落ちてきた。
ゆっくりと。
確実に。
(ああ)
喉が乾く。
(私は――)
守ったのではない。
選んだのだ。
“弱く見える方が正しい”という、都合のいい物語を。
それに当てはまらない存在を、排除しただけだ。
それが。
王のすることか?
「……っ」
息が詰まる。
視界が揺れる。
崩れる。
全部。
自分の中の“正しさ”が、音を立てて崩れていく。
「私は……」
王太子は、膝をついた。
冷たい床の感触が、やけに鮮明だった。
「……何をした?」
答えは、簡単だった。
あまりにも簡単で。
あまりにも、取り返しがつかない。
有能な令嬢を失い、
罪なき者を断罪しようとし、
国の信頼を失った。
そして何より。
――自分が、王に向いていないことを証明した。
「……アリア……」
名を呼んでも、もう届かない。
彼女は去った。
自分の手で、追い出した。
その事実だけが、残る。
重く。
どうしようもなく。
――消えないまま。
※彼は、まだ気づいていない。




