第2話『わたしは、選ばれるはずだった』
――今日は、きっと幸せな日になる。
そう信じていた。
広間に足を踏み入れた瞬間、胸が高鳴る。
だって、終わるから。
あの人が。
あの完璧で、怖くて、全部持っている人が。
「リリィ、大丈夫だ」
王太子殿下が、手を取ってくれる。
その優しさに、涙がこぼれそうになる。
違う。
これは演技。
でも――少しだけ、本当。
(やっと、ここまで来たんだ)
最初は、小さなことだった。
転んだだけ。
泣いただけ。
でも、みんな心配してくれた。
守ってくれた。
それが、嬉しかった。
あの人は、何もしなくても全部持っているのに。
どうして、わたしはこんなに頑張らないといけないの?
だから。
少しだけ、足した。
嘘を。
ほんの少し。
それだけで、世界は変わった。
みんな、わたしの味方になった。
殿下も。
だから――。
「……怖かったんです……!」
声を震わせる。
視線が集まる。
大丈夫。
いつも通りやればいい。
あの人は、何もできない。
だって、証拠なんてないから。
そう思った、そのとき。
「……そう」
あの人が、笑った。
背筋が、冷える。
(なんで?)
どうして、そんな顔ができるの?
もう終わりなのに。
「では、証拠をお見せしましょう」
――え?
心臓が、大きく跳ねた。
でも、すぐに否定する。
大丈夫。
そんなの、あるわけない。
だって、全部ちゃんとやった。
誰にも見られてない。
なのに。
「……証言いたします」
一人目の声で、世界が歪んだ。
「リリィ様は、自ら階段から落ちました」
違う。
違う違う。
なんで知ってるの?
「毒を飲んだとされる件も、本人の演技です」
やめて。
「書類の改ざんは、リリィ様の指示でした」
やめて。
やめてやめてやめて。
息ができない。
おかしい。
こんなの、おかしい。
だって。
(わたしは、悪くないのに)
「録音もあります」
その言葉で、すべてが壊れた。
流れる声。
聞きたくない。
でも、止められない。
『あの女さえ消えれば、全部あたしのものになるのに』
――わたしだ。
完全に、わたしだ。
終わった。
「違うの……!」
叫ぶ。
でも、誰も助けてくれない。
さっきまで優しかった目が、全部冷たい。
なんで?
どうして?
わたし、ただ欲しかっただけなのに。
愛されたかっただけなのに。
あの人みたいに、なりたかっただけなのに。
「あなたは、“弱いものが正しい”と思い込んでいる」
その言葉が、突き刺さる。
違う。
違う。
わたしは、被害者で――
「だから――利用された」
その瞬間。
理解してしまった。
全部。
最初から。
見られていた。
泳がされていた。
許されていた。
そして――。
(落とされた)
膝が震える。
立っていられない。
あの人が、遠くに見える。
届かない。
どうやっても、届かない。
「私は“悪役令嬢”ですので」
その笑みは、綺麗で。
残酷で。
――完成していた。
わたしは、勝てない。
最初から、ずっと。
なのに。
(わたしは、正しかったはずなのに)
その考えだけが、頭に残る。
崩れない。
壊れない。
消えない。
ねえ。
誰か。
教えて。
わたしは――
どこで間違えたの?
※この選択の代償は、まだ終わらない。




