第1話『断罪は、すでに終わっている』
――断罪は、すでに終わっている。
誰も、それに気づいていないだけで。
「アリア・フォン・ルクレール。貴様の罪をここに断ずる!」
王太子の声が、広間に響いた。
その隣で、少女が震えている。
「……怖かったんです……ずっと……」
細い肩。潤んだ瞳。今にも崩れそうな声。
誰もが思った。
――守らなければ。
そして同時に。
――断罪されるべきだ、と。
視線が、一斉に集まる。
完璧な令嬢へ。
アリア・フォン・ルクレールへ。
乱れのない姿勢。
曇りのない金の髪。
そして――微笑み。
場違いなほど、穏やかな微笑みだった。
(どうして、笑っているの?)
誰かが、そう思った。
だが、口には出さない。
出せる空気ではなかった。
「申し開きはあるか」
王太子が告げる。
断罪は、もう決まっている。
これはただの形式だ。
そう、誰もが理解していた。
だから。
「……そう」
その一言に、空気がわずかに揺れた。
アリアは、静かに頷く。
そして。
「では、証拠をお見せしましょう」
そう言った。
――え?
一瞬、思考が止まる。
ざわめきが広がる。
おかしい。
悪役令嬢が、証拠を出す?
ありえない。
だって。
断罪は、もう“終わっている”はずなのに。
「入ってきなさい」
扉が開く。
数人の人影が、静かに歩み出る。
侍女。教師。騎士。
全員が、頭を下げた。
「……証言いたします」
その一言で、空気が変わる。
決定的に。
「リリィ様は、自ら階段から落ちました」
静寂。
「毒を飲んだとされる件も、本人の演技です」
ざわめき。
「書類の改ざんは、リリィ様の指示でした」
――何かが、崩れる音がした。
「な……に……?」
誰かが、声を漏らす。
誰も、理解できていない。
ただ一人を除いて。
アリアは、変わらず微笑んでいた。
(ああ)
ようやく、全員が同じ場所に立った。
遅すぎるくらいに。
「ば、馬鹿な……!」
王太子が叫ぶ。
「そんな証言、いくらでも――」
「ええ、ですから」
言葉を遮る。
静かに。
確実に。
「録音もあります」
その瞬間。
空気が凍りついた。
『あの女さえ消えれば、全部あたしのものになるのに』
流れた声は。
あまりにも、はっきりしていて。
あまりにも、逃げ場がなかった。
「……違う……」
少女が呟く。
震えながら。
だが。
誰も、もう見ていない。
視線は、すべて。
別の場所へ向いていた。
――王太子へ。
「さて」
アリアが、一歩踏み出す。
その足音が、やけに大きく響く。
「ここからが、本題です」
「……本題、だと?」
「ええ」
微笑みは、崩れない。
だがその奥にあるものが、変わる。
「殿下」
まっすぐに、見据える。
逃げ場のない距離で。
「なぜ、あなたは」
一瞬、間を置いて。
全員に聞かせるように。
「ここまで証拠が揃っているにも関わらず」
言葉を落とす。
「――私を断罪しようとしたのですか?」
沈黙。
完全な、沈黙。
誰も、動けない。
答えられない。
そのとき。
初めて、理解する。
この場で裁かれているのは。
――本当に、誰なのかを。
アリアは、静かに笑った。
最初から、変わらない顔で。
「断罪は、すでに終わっていますわ」
その言葉に、誰も動けなかった。
終わっている?
何が?
誰の?
理解が追いつかないまま。
アリアは、ゆっくりと視線を巡らせる。
王太子。
貴族たち。
そして――。
「ですが」
その一言で、空気が凍る。
「“本当の断罪”は、これからです」
微笑む。
逃げ場のない、確信の笑みで。
そのとき。
誰もが、遅れて理解する。
――まだ、何も終わっていないと。
※次話、視点が反転します。




