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ヒロインの立場を乗っ取ろうとした或る女の末路



 …ああ、痛い。


 __キャー…パチパチパチ…


 これは、拍手の音と歓声?


 ___パチ…キャー…パチパチパチッ…


 そっか、最後のダンスが終わったからみんなで拍手をして…

 でも、なんでこんなに足が痛いんだろう。ダンスでくじいちゃったのかな…


 ____パチッパチッ…キャーキャー…パチ…

 

 違う。これは…拍手でも歓声でもない。


 激痛に思わず閉じそうになる重い瞼をこじ開ければそこには…



 火 悲鳴 火 絶叫 火 死 火 火 火



 …一面の、絶望__火。

 


「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」


 どこからか汚濁のような絶叫が響いている。

 そして、それと同時にガチャガチャと金属の擦れる不快な音と、グチャグチャと肉が潰れるような気味の悪い音がする。


 なんの現実味もない景色。なんの現実味もない音。なんの現実味もない痛み。


 この手の夢は昔からずっと見てきた…と、夢を覚ますために頬をつねろうとしてふと気づく。


 叫んでいるのは私で、うるさい金属の音を立てているのも私で、肉が潰れているのも私で、これは全部現実だ。


「あ…あ…あ…」


 これは現実で…現実だけど、私は、私は…焼け落ちる村だったはずのものを…ただ呆然と見つめることしかできない。第三者視点の夢でも見てるみたいに。


 だって私の足は動かない。今、私の右足はあの憎きトラバサミに挟まれているのだから。

 しかも、私ががむしゃらに動いたせいで、肉も皮ももうめちゃくちゃ。とうに足の感覚も消えている。左足の時に見た時よりもずっと沢山の血が辺りに広がっている。もうきっと私の右足は使い物にならない。使う機会があるかすらわからないけど。


 __ああ…なんで、なんでこんなことになっているんだ?


 さっきまで私は夏祭りで楽しい楽しい時間を過ごしていたじゃないか…。お祭りの最後の曲のラストパートで、みんな一層盛り上がって…

 …ああ、そうだ。あともう少しで最後の曲が終わるという時に、突然焚火の炎が暴れ出したのだ。あの時は…ほぼ無風だったはずなのに、突然。慌ててみんなで森の湖の方に逃げようとしたら、森に少し入ったところに仕掛けられていたトラバサミに私はひっかかってしまった。悲鳴を上げる私にすぐ気づいた村のみんなは、もちろんすぐに助けようとしてくれた。だが、うねる炎はまるで意思を持つ生き物かのように私を囲み、みんなから私を隔離した。

 それから私は、おそらく酸素と血の欠乏で気絶していたわけだが…相変わらず私は炎にのまれず生きている…らしい。


 …ああ、明らかに…おかしい。最初から今に至るまでずっとおかしい。()だ。炎がずっとずっと不自然な動きをしている。

 

 そう、まるで…魔法でも使われたみたいに…



「…きれいだね」



 その人は、立ち尽くす私の後ろにいつの間にか立っていた。

 燃える炎のような瞳に炎を写し、灰のように白い髪を風に遊ばせながら。


「ガトー…」


 私の言葉に、その人はこちらを見て少しだけ目を見開いたあと口元を綻ばせ、ごく幸せそうに「…ひ、久しぶり」と目を細める。


「こ、これは…この火事は…あ、あなたの…仕業ですか?」


 喉が震えてうまくしゃべれない。

 でも、聞くしかない。だって、ガトー以外にあんなことをできる人が思い当たらない。魔術師だったらあれぐらい誰でもできるのかもしれないけど、それでも私たちの村みたいな小さな村にあんなことを仕掛ける魔術師なんて…私という理由がある彼ぐらいだ。


「…うん」


 なんてことないようにゆったりと頷くガトーに、思わずかひゅっと喉がなる。


「ふ、復讐ですか…?私が…私が…


 __逃げたから?


 私は、半ば確信をもってそれを尋ねた。

 認めたくない。でも、そうとしか思えない。そうすれば全てが納得できる。これはガトーの復讐なのだ。一番楽しい日に、私の全てをめちゃくちゃにする。


 …だが、意外にもガトーは首を横に振った。


「じゃあなんで…」


 私の問いかけに、ガトーは「なんでだろうね…」と村を焼く炎に再び目をやった。

 たしかに、彼の瞳にはなんの憎悪も怒りもない。やってやったといったような感動すらもない。

 今の彼は、すべてを灰にする炎の動きと、それから逃げようとする人々の動きをただただ楽しんでみている。まるで、花火を楽しむ幼子のように。



 __悪魔だ。



 悪意なんて欠片もないまま悪事をなす純粋無垢な悪魔。邪悪を邪悪と認識せずに振りまく害悪。それが悪役で、お菓子の魔術師で、ガトーなのだ。

 私は、私は、なぜ…こんなにも恐ろしく悍ましい存在に自ら踏み込んでしまったのか。


「…ああ…」


「ああ、あ…」


「ああああああああああ!!!!!!!」

 

 なぜ!?なんで!?なぜ、そんな顔で、なんでもない顔で私の全てを破壊するのか!?

 復讐だったらまだわかった。共感も理解もできないけど、「わかった」。でも…なにが「なんでだろうね…」だ!!大した理由もなしに破壊し、奪うのか!?私の全てを!!

 ガトーは、この男は自分の行動の意味が本当にわかっているのか!?この行為によりどれだけのものが失われて、その喪失が私にどれだけの苦しみを与えるのか…わかっているのか!?


 いや、わかっていない。わかっているわけがない。わかっていないから、こんなことができるのだ…この悪魔は…


「うっ…うっ…ああ…」


 吐き気と涙が身体の底から這い上がって来て、ひたすらに涙を零し繰り返しえずく。


 そんな私を見た悪魔は、なぜか私の隣にやってきてそっと背中を撫で始める。

 …なんなのかその半端な優しさは。見当違いの優しさは。その優しさがあるなら、そもそも村に火なんてつけないでほしかった。もしくは、今からでもいいからどうかこの火を消してほしい。


 …ああ、そうだ。

 考えてみれば、彼であれば…この火を消すこともできるのかもしれない。

 

 救ってくれと__頼んでみる?

 いや、でも…火事を起こした張本人に頭を下げるのか?「村を救ってください」…と?必ず消してくれるというならばともかく、笑って足蹴されるかもしれないのに…被害者が加害者に頭を下げるのか?

 そんなの…あまりにも最低で最悪すぎないか?絶対におかしい。


 __いや、でも…村を救えるというのであれば…


 …やるしかない。

 やるっきゃないのだ。村を救えるのはこの悪魔…いや、私だけなのだから。

 どんな手段でも、どんな相手でも、使えるものはなんでも使う。


 それこそ、


「お願いします。助けてください…!!」


 村を助けるためであれば悪魔にだって命を差し出そう。


「…どうか村の火を…火を…消してください…!」


 私のそれは、懇願というよりもはや悲鳴だった。

 色々考えていたはずなのに、一度縋り付いてしまえばそんなものはとうに超えてひたすらにガトーに助けをもとめていた。加害者に助けを求めるなんておかしい。おかしいけど、どうしようもなかった。


「お願い…お願い…」


 私の喉から絞り出すような声に彼はなにも答えず、ただその瞳の炎をゆらゆらとゆらしてこちらを見つめる。

 

「本当に、本当に、なんだってやります…!!死ねというのであれば死にます。奴隷になれというのであればもちろんなります。拷問を受けろというなら受けます。やれというのであればどんな犯罪行為でもします」


 __村を助けてくれるなら!!


 私の決死の列挙に、彼は瞳の中の影をゆらりと揺らす。


「じゃあ…火を消したら、きみは…グレーテルになってくれる?」


 その言葉に私は内心動揺しつつも、コクコクと赤べこのように首を縦にふる。

 そんなのお安い御用だ。彼が望むのであれば、私はグレーテルだろうが、ヘンゼルだろうが、マルガレーテだろうが、ハンスだろうがどんなものにでもなる。

 

 …だが、でも、それにしても…ここでグレーテルの名前を出してくるとは思わなかった。

 彼は、本当に未だに私を…グレーテルを…


 彼の言葉に、忘れかけていた彼への罪悪感と申し訳なさがじんわりと湧き上がってくる。

 お菓子の家に走ったあの日に私が考えたように、本当に彼は私が帰って来るのを待っていたのだ。私を憎むでもなく、怒るでもなく、ずっと…。

 彼がしたことは許せない。だけれども、最初に加害者になったのは私だ。そんな私に彼に怒る権利なんてないのかも…


「そ、そっか…」


 雪のように一瞬で溶けてしまいそうな笑みを淡く唇にのせるガトーは儚く美しい。

 燃えているのが私の村でさえなければ、炎を背景にして立つ彼はまるで戦場の天使のようだと思ったことだろう。


「じゃあ___



 きみの村が全部燃え尽きたら火も消してあげる。



「…は?」


 考える間もなく言葉が口から零れ落ちた。


「は…?」


 もう一度、吐き出した言葉に答える言葉はない。

 ただ、彼は爽やかな夏の風のような瞳で言葉を紡ぎ続ける。



「全部燃えたら、一緒に帰ろう。グレーテル」


 __今度こそ本当に帰る場所のないみなしご、本物のグレーテルになれるよ…


 アハハハ、なんて悪魔の場違いな明るい笑い声が周囲に響き渡る。

 


 そんな彼に、私ももはや「あはは…」と乾いた笑いを零すしかない。

 …だって、バカな私にだっていい加減わかった。打つ手なんかないって。

 私の足はもう動かないからどこかに助けを求めに行くこともできない。そして、悪魔は村を助けるつもりなんか少しもない。私が彼を救わなかったように、彼にも私を救うつもりなどない。

 それに今更、私が彼に何を捧げようと意味はないのだ。だって、彼はもう私になんの許可を得なくとも、私のことを好きなようにできる。いや、それは以前からずっとそうだったのかもしれない。魔法を使えば私などどうとでもできただろうが、彼はしなかった。できたけれども、しなかったのだ。でも、その箍は外れてしまった。


 __だって、私が全部奪って奪って奪ったから!


 どうやら、気づかない間に彼の箍すら奪っていたらしい。

 …ああ、本当に笑えてきた。おかしい。面白い。なんて喜劇だろう。村を守ろうとしたはずが、逆に破滅を引き寄せるなんて…。


「あはは…あはははは…」


 彼が悪魔ならきっと私は魔女だ。

 村に悪魔を呼び寄せ、村を完全に壊滅させた魔女。


 それが、ヒロインの立場を乗っ取り村を救おうとした愚かな女…メイ・アダーの末路。 


 私はもう何を考えるのも馬鹿らしくて、笑いながら地面に崩れ落ちた。






おしまい。


『来世はお姫様になりたい!~異世界転移なんてうまくいくわけがナッシング!~』ももしよろしければぜひ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後で報われた気持ちがある。 優柔不断というか中途半端な正義というか何とも気持ち悪いところがあって、ただ人間らしいところもあって。 だけどやっぱり誰かを騙して利用しようとしたら報いを受ける…
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