13
「…ハンス」
なんでこんなところに、という言葉を喉に引っ込める。
おそらく…いや、ほぼ確実に私を探しに来たのだ。いつまでも村に帰ってこない私が、お菓子の家に戻ろうとしているのではないかと疑って。
「メイ…どこに行くつもり?」
「…」
「君…お菓子の家に行こうとしてた?もしくは行ってた?」
「…どうだろう?」
「…そうなんだね」
私のあからさまな返答にハンスはその海の目を伏せる。
だって仕方ない。私は彼に嘘はつけない。つきたくない。だから、こうやって中途半端に誤魔化すしかないのだ。
「…やめて、っていったよね。行かないでって」
その言葉に黙ってうなずく。
まるで私を心配してくれるみたいな大好きな人のその言葉が、少しだけ嬉しい私は最低だ。
__そう。これは私を心配しての言葉ではない。
いや、一応私への心配もあるのかもしれない。でも、彼が一番心配しているのはおそらく…私ではない。
「ヨハンがどれだけ心配するかわかってる?今日だって、ヨハンがすごく心配してるから…忙しくない俺が代わりに探しに来たんだよ」
__ヨハン、ヨハン、ヨハン…
「…ごめん」
「…メイがいなくなったら、村のみんなもヨハンも心配するし…困るんだよ」
心配してくれる村のみんなにハンスは含まれてるのかな…なんて。やっぱりハンスはヨハン兄さんが心配するから心配してくれるのかな…なんて。
…いや、いい。それでもいいし、なんでもいいのだ。
私は魚として、彼という海の中に居られればいいのだから。彼は、私がヨハン兄さんの妹である限り、兄さんにとって私が大切な存在である限り、私のことを一応心配してくれる。誕生日も忘れないでいてくれる。
…いけない、今日の私の思考はどうにも暗い。
「…とにかく、はやく村に帰ろう」
ちょっと確認したいことがあるから私のお気に入りだった場所に少し行こう…なんて言える雰囲気ではもちろんないので、歩き出したハンスの背中を黙って追う。
彼は監視するように時々こちらを振り返りながら、暗い森をカンテラで照らしながら歩いていく。
会話はなくて、ただお互いの土を踏む音だけが森の中に響く。カンテラによりできた大きな影は、不安定にゆらゆらしていて、まるで私たちを狙うバケモノのようにすら見える。暗い森も、影も、森に潜んでいるのであろう獣もおそろしい。だが、なによりも沈黙が痛い。二人になった時にベラベラと喋るような仲でもないが、ここまでお互いだんまりというのも中々ない。そういえば、私がお菓子の家から戻ってきてから彼との関係はまた…
「…遅い」
と、その沈黙に少しだけ慣れてきた頃、ハンスが突然立ち止まりこちらを振り帰った。
「は?」
「遅い」
一瞬なんのことを言われているのかわからなかったが、ハンスの視線の先__私の顔ではなくもっと下の方に視線をスライドさせてみて、何について言われているのかやっと気づく。
「…それはごめんね。不自由な足で。というか別に、置いて行ってくれても…えっ、なに?」
ハンスの理不尽な言葉に、「この足は森で突然出現したお前のせいでもあるんだぞ!」と内心で若干キレながら言葉を返そうとすると、なぜかハンスが私の前でしゃがみこんだ。
「乗って」
「…肩車?」
「そんなわけないでしょ」
もういいと立ち上がろうとするハンスを「ごめんごめん」と引き留めつつ、肩に手をかける。
「…でも、本当にいいの?」
「いいからこうやってしゃがんでる」
「私、重いかも。最近…ほら、その…結構太ったし」
最近というか…お菓子の家にいる間にずいぶん太った。お菓子の家では、常に甘いものに囲まれた状態で過ごすことになるから欲望を抑えることはなかなか難しいし、ガトーはもっと食べたほうがいいと私になんでも沢山食べさせたがった。なので、まぁ…太るなという方が無理な話だ。
「別に…大した問題じゃないよ。たしかに俺はちょっと…ヨハンとかに比べると小さいかもしれないけど、力がないってわけじゃないから…」
このまま話していると、ハンスのコンプレックスの方に話題が行きそうだと気づいて、誤魔化すように慌ててハンスの背中に体を預ける。彼に体格の話をさせてはいけない。
「…これ持って」
「…うん」
私がカンテラをハンスから受け取ると、ハンスは思ったよりも安定した感じで立ち上がって歩き出す。
…きっとこれを言ったらハンスはキレると思うが、ハンスは村の同年代の男子と比べたら小柄だし、下手したら私の方が体重ありそうなぐらいだ。だから、こんな風に…まるで、なんてこともない風に私の事をおんぶして歩けるなんて驚いた。
細くて普段はちょっと頼りなさげに見えるハンスも、やっぱりなんやかんやいって男の子だ。
…なんて思うと、心臓がドキドキしてあっという間にハンスにバレてしまいそうなので、それに関してはもう考えないようにする。
でも、なによりも驚いて嬉しかったのは、そもそもこんなことを提案してくれるんだな…ってこと。
__思ったよりも、私のことも心配してくれてるのかな…なんてね。
「大丈夫?重くない?」
「…重い」
「ちょっと?どういうこと?」
バシッと肩を叩くと、「暴れないでよ」という言葉とともに身体をゆさゆさ揺らされる。
「わ!危ないって!」
「そっちが暴れるからいけないんでしょ」
「最初に余計なこと言ったのはそっちです~」
なんて唇を尖らせて言ったら、「あー、そうでしたね。事実を言ってごめんなさい」なんて生意気な口を叩くので、今度は無言でさっきより強めに肩を叩く。
「ごめんって」
「口先だけの謝罪はいりません~」
そう言って私はふん!とわざとらしく顔をそむける。動作まではハンスには見えないだろうが、なんとなくわかってくれるはずだ。
…と、思っていたのだが、いつまでも返事がない。ついでにいうと、なぜかハンスの体が震えている。
「…ハンス?」
心配になって、肩から顔を少し乗り出す。
ハンスが俯いているせいで顔は見えなかったが、代わりに私の耳は一つの音を拾った。
「…ふふふ」
…笑っている。
これは、明らかに笑っている。
「ははははははははは!」
抑えきれなくなったのか、ついにハンスは大爆笑を始める。
私が背中にいなければ、もう転がるかのけぞるかしていただろうというぐらいの大爆笑だ。
「ちょっと?なに笑って…
なんて言ってみようと思ったけど、
「…ふふふ、あははは…!」
ハンスが笑っているのをみたら、なんだか私も楽しくなってきてしまった。
「はははははは!!!!!!」
「あははははは!!!!」
こうやって二人でこんなに笑っているのはいつぶりだろう。
お菓子の家に行く前?いや、もっと、もっとずっと前からこんな風には笑いあえてはいなかった。
そもそも、さっきみたいな気安い会話をしたのもいつぶりかわからない。腹を探るような、表面のみを軽くさらうような会話をずっとしていた。
お互いに、恋だとか愛だとかって意識が生まれて、いつの間にかヨハン兄さんの存在が私たちの関係の前提になって…気がついたら、あんな会話はもちろんこんな風に笑いあうこともできなくなっていた。
私たちは小さい頃から一緒に育って、もともと凄く気安い仲で、本当は…海と魚とかじゃなくて__友達だったのに。
「ちょっとメイ、笑いすぎじゃない?揺れて歩きにくいんだけど」
「ハンスだって人のこと言えないでしょ。さっきから乗り心地悪いですよ~!」
「もう、人を馬みたいに…」
なーんて憎まれ口をたたきながらもお互い笑っている。
身体は疲れ切っているけれど、奥底からきらきらとしたなにかが湧き出てくる。こんなに晴れやかな気分になったのは久しぶりだ。ああ、苦しくない。頭が軽い。水中で酸欠にあえぐ魚でいるよりも、今の方が息苦しくない。
__きっとこれからはなにもかもがうまくいく。
胸の中で明るい予感が煌めいた。
そして、その予感は見事に的中した。
私の下向きになっていた感情は徐々に上向きになって、それをみた家族も安心して笑ってくれるようになった。
その変化は、やはりハンスとの関係性が変化…というか少しずつもとに戻ってきたことがなによりも大きいだろう。もっとも、完全に元通りとはいかないし、ハンスへの恋心が消えたわけでもないが。…でも、それでも、あの夜を境になんとなく区切りがついたのだ。
そして、ガトーには…まだ会っていない。ガトーに関してだけは、未だにちゃんと区切りがついたとは言えない。でも…そちらも、一度行って会えなかったことにより…少しずつ整理がついてきた。
あの日の、お菓子の家を訪ねたあの夜が…ガトーからのアンサーだったのではないかと私は思うようになったのだ。あの時間帯にガトーがいないのはどう考えてもおかしいし、本当は彼は家の中にいて、息を潜めて私が帰るのをじっと待っていたのではないかと思う。
…私のことなんかもうどうでもよくなってしまったのだ、きっと。あんな会話をした日に、部屋からいなくなるなんて…彼にとっては露骨だっただろう。ガトーはもともと私の諸々を疑っていて、あの日の私の反応と、消えたという事実からきっとそれは確信に変わったのだ。いや、本当はもっと前から事実に気づいていたけれど、気づかないふりをしていてくれたのかもしれない。そして、逃げ出したことでついに愛想をつかしたとか。まぁ、なんであれ彼からの印象は…「なにかしらの理由で村に火事が起きることを知っていて、それを防ぐために記憶をなくしたふりをしてガトーに擦り寄り、最終的に逃げ出した村娘のMさん」といったようなものだろう。こんなヤツ、やっぱりどう考えても探したいとは思えないだろうし、ガトーから好意が継続していると考える方がおかしい。ガトーの性格上ないと思うが、本来であれば復讐の可能性に怯えた方がいいぐらいだ。
それになにより、ガトーがまだ私に会いたいと考えているのであれば、もうとっくに探し当てて会いに来ているだろう。だって彼は、彼が告白してくれたように魔法が使えるのだから。会いに来ないということは、やはりそういうことなのだ。
彼は、私なんかとはもう会うつもりもないし、話をするつもりもない。愛想なんかとっくにつきている。…それがアンサーだろう。
ガトーにとってもきっとそちらの方が幸せだ。
私みたいな女と関わっても碌なことはない。自分勝手で我儘で、なんの才能も力もなくて、人からなにかを奪うことしかできない…そんな人間なのだ、私は。
ただ、恩返しはいつかしたいと思っている。彼は私みたいな女にはなにも望むことなどないのかもしれないが、それでもなにかを返したい。そう思っている。
例えば…そう、教師になって子供たちに勉強を教えると同時に、お菓子の魔術師は決して怖い存在ではないと伝えていく…とか。なぜ教師かというと、村人のほとんどが文字をまともに読めないというのは問題だと常々思っていたし、前世の叔父の影響で教師という職業にずっと憧れがあったから…というのと、「人になにかを伝える」という点で教師という職業は最善だと考えたからだ。ガトーの善良さと優しさを伝え続けていたら、いつかはヒロインに代わる素敵な誰かが彼の家のドアを叩いてくれるかもしれない。もしくは、教えた生徒たちが大人になった時に村全体がガトーに対して融和的になる…なんてこともあるかもしれない。少しでもそうなる可能性を高めるためにも、私は教師になりたい。
ただ、教師になるためにはまず私にも学が必要だ。
ということで、近くの(といってもめちゃくちゃ遠いが)大きな街に勉強しに行く計画が、実は今着々と進んでいる。
両親や兄さんに負担をかけることにはなるが、その話をしたらみんなとても喜んでくれて、どうか頑張ってくれとむしろ背中を押されてしまった。私は…文字もほとんど読めないというレベルだから苦労はするだろうが…そこは前世からの知識も生かして頑張りたいと思う。まぁ、チート云々とかはできないだろうが。
「メイ、まだ?」
色々考えながらノロノロと着替えていたら、自室の窓の外からマルガレーテの声がかかる。
夏祭りはまだ始まったばかりのはずだし、中盤ぐらいから参加したいね…なんて言ってたはずなのに、せっかちなマルガレーテは先ほどからずっと声をかけてくる。そろそろ出ないと、お祭り中にツンツンがいつもの倍になるだろう。それはもうツンツンツンツンデレという主成分ツンの恐ろしいなにかなので、どうにかして防がなければならない。
…マルガレーテは、村のはずれで会った時から本当に「なんでもない」し「なにもなかった」かのようにふるまい続けた。なんでもないわけはなかったはずなのに。
だから私も、あれからあの時のことに触れたことはない。そして、あの会話の後にお菓子の家に行ったことについても彼女には話していない。顛末を話せばきっと、また彼女は自分のことを責めるだろうということぐらいは私にだってわかる。…本当にマルガレーテはなにも悪くないのにね。
「…メイ?まだかって聞いてるんだけど?」
「すぐ行くからちょっと待っててー!」
「あんたさっきからそればっかじゃない」
いけない。マルガレーテがツーン!としている。こうやっていうとワサビみたいだが、まぁ実際彼女は半分ワサビみたいなものだ。
「は~や~く~」
「はいはーい!」
最後に軽く髪をチェックして、家の外へとパタパタと駆けだす。
母さんと父さんの「いってらっしゃい」の声に背中を押されて玄関のドアを開ければ、そこにはさっきまで私の部屋の窓の前にいたはずのマルガレーテ。瞬間移動か?…まぁ、私たちの家は大きくないので、ダッシュすれば間に合うぐらいだが。
…もしかしてダッシュしたの?可愛いな。
「遅いわよ」
「ごめんなさい…」
「まぁ、いいわ。…ハンスとヨハンはもうあっちにいるはずだから、あっちで合流するわよ」
今日は楽しい夏祭り。
村のみんなで、花冠をつくって、踊って、食事をして、暗くなったら焚火をしてその周りでまた踊る。日が暮れてもずっと楽しい日。
「さ、とっとと行きましょ」
そうやって差し出されたマルガレーテの小さな手。
あの日は混乱と不安の中でとった手だったけれど、今は明るい気持ちでその手を握ることができる。それが嬉しい。
「うん!!」
私は小さく微笑みながらしっかりとその手をとった。
幸せな未来の気配とともに。
~END~
めでたしめでたし。
近日中に後日談を投稿します。




