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おかしな転生プロジェクト  作者:
侯爵令嬢リオレッタ
12/12

10話 楽しい狩りの始まり

 翌日、見舞いに訪れたエドワードに、リオレッタは昨日のことを確認した。酔っ払った上でのことなので、記憶があやふやなのではないかと心配になったのだ。


「エドワードさま、昨日のこと覚えていらっしゃいますか?」


 するとエドワードは顔を真っ赤にして、リオレッタからさっと顔をそむけてしまった。


「エドワードさま?」

「うるさいな。ちゃんと覚えている!」


 リオレッタには、今のエドワードの気持ちが手に取るようにわかった。おそらく彼は昨日のことを恥じているのだろう。あれだけボロ泣きすれば、リオレッタだって恥ずかしいと思う。意地っ張りでいいかっこしいのエドワードには尚更のはずだ。しかし確認したかったことは、暴露話や泣いたことなどではない。約束のことなのだ。


「それは良かったです! 叩かれる心配がなくなれば、びくびくせずにエドワードさまとお話できますもの」


 エドワードの反応に、嗜虐心をくすぐられたリオレッタは、ついつい意地悪な物言いをしてしまった。こういったつつける隙があると、可愛いと思えてしまうのが不思議だ。もっと苛めたいという欲求がむくむくとこみあげてくる。しかし満面の笑みを浮かべるだけで我慢した。喧嘩をしたいわけではないのだから。

 リオレッタ言葉に、エドワードはびくりと身を震わせ、ぎこちなく振り向いた。彼は眉をハの字に寄せて、困ったような顔をしていた。


「それは……、済まなかった。……が、本当に怯えていたのか? その割にはよく言い返してきたではないか……」

「そうですね。エドワードさま相手だと何故か言わずにはおれなくて」


 エドワードには父親のような威圧感がない。今では生意気な悪ガキとしか思えなかった。そしてリオレッタは感情的になると、うっかり口を滑らせてしまう女だ。なので反射的に言い返してしまい、よく痛い目を見ていた。流石にそんなことが続けば、然しものリオレッタも用心するようになる。痛いのは嫌だし怖いのだ。


「でも怖かったのは本当ですよ」

「……二度としない。神にかけて誓おう」


 リオレッタの訴えに、エドワードは真面目な顔で頷いた。

 こう見えて彼は信心深い。神という言葉を出した以上、約束は守るだろう。リオレッタの顔に安堵の微笑が浮かぶ。

 そしてなぜか肩がガシリと掴まれた。エドワードの顔が、リオレッタの顔に近づく。


「おい……」


 リオレッタは反射的に、両手をエドワードの顔に押し付けていた。


「何をなさるおつもりで……?」

「雰囲気の読めない女だな! 口付けだ!」

「今は体調が悪いので、そのようなことはご遠慮願いたいのですが……」

「私は気にしない」

「私は気になります」


 と拒否を口にしてはいるものの、実は以前のような嫌悪を感じているわけではなかった。しかし、癪だという気持ちに邪魔されて、どうにも素直に受け入れられない。


「少しだけ、ほんの少しだけだ!」


 必死な物言いのエドワードに、リオレッタはちょっと可笑しくなった。顔を覆っていた手をどけ、ムスッとした彼と視線を合わせる。


「なぜ笑う」

「エドワードさまが面白くて」

「……手を退けたということは、了承の意と捉えるぞ」


 少し笑ったら不思議と気持ちの強張りが解けたようだった。以前とは違うエドワードの心遣いに、絆されたのかもしれない。彼の力ならば、リオレッタを押しのけて無理やりどうとでもできるだろう。しかしリオレッタの許可が出るまで手を出そうとしない姿勢に、エドワードの心の変化を感じたのだ。大切に思われている、そんな気がした。それに正直求められることに悪い気はしない。もうすぐ結婚するわけだし、キスくらいはまあいいか。

 そう思ったリオレッタは覚悟を決め、頷いて目を閉じた。次いで、エドワードの動く気配を感じ、唇に温かい感触が触れる。

 ムードも何もない初めてのキスだったが、それでもリオレッタは十分ドキドキした。


(あたしってチョロいかも……)


 そんなわけで、エドワードとはまあまあ仲良くやっている。平常時の彼はやはり短気なので、ちょっとした言い合いにはなるが、喧嘩というほどのギスギスした雰囲気になることもない。ようやくリオレッタに心の平穏が訪れたのだ。

 しかし次にリオレッタを苦しめる問題が、間をおかずして発生した。体調不良の嵐である。腹痛、微熱が続き、食欲もない。


「リオレッタさま、どうかお薬をお飲みください……」

「いらない。寝ていれば良くなるから。それよりマリアン、水差しを持ってきてくれる?」


 ですが……と渋る侍女のマリアンを無視して、リオレッタは再び寝台へと横になる。

 薬を断るのは、それなりの理由があった。医者が信用できないのだ。それは過去のとんでもない経験から起因する。

 以前、高熱を出したときなどは、雪解け水の風呂に入れられ、頭痛の薬を飲めば腹を下した。治りが悪ければ、祈祷に走る。とんでもない藪医者当たってしまったのだ。もちろん全てがそんな馬鹿医者ではないのだろうが、前世の医療と比べてしまい、どうにも信用しきれない。奴らの出した怪しげな薬を飲むくらいなら、何もせずに寝ていたほうがまだ治りが早いと思ってしまうのだ。


「では、ここに置いておきますね」

「うん。ありがとう……」


 水差しを置いて寝台から離れようとするマリアンから、はらりと白いものが落ちた。小さめの長方形であるそれは、封筒のように見える。おそらく手紙だろう。


「マリアン、何か落ちたわよ」

「あ……」


 そそくさとマリアンが手紙を拾うのを、リオレッタは黙って眺めた。よっぽど見られたくないものなのか、マリアンは慌てすぎていて手紙をぐしゃりと潰していた。恋文か、それとも借金の催促か。彼女は男爵の家柄ではあったが、お金に苦労しているという噂を小耳に挟んでいた。

 誰も見やしないんだから、もうちょっと落ち着けばいいのに。相変わらずそそっかしいな。うつらうつらとしながら、リオレッタは思う。


「しゅ、狩猟会までにはお身体回復なさってるといいですね」

「そうね……」


 マリアンの不自然な話題振りは、手紙のことを追求されたくないのが丸分りだった。普段のリオレッタならば悪戯心を出して追求していたところだが、今はそんな元気もない。ただ、マリアンの言う通りに、体調が元通りになるのを願うばかりだった。




* * * * * * *




 結局、狩猟会は延期された。エドワードも体調を崩したからだ。二人の回復を待って、狩猟館へ向かったのが、予定より二日遅れてのことだった。

 そして狩猟会、当日。参加を予定していたリヴァース伯爵は急用のため遅れて来るそうで、初日はエドワード、リオレッタ、ダークサイド侯爵という内々のメンバーで行うことになった。

 侯爵は一番に支度を終えて、集合場所で待機していた。大好きな狩りができるとあって、ご機嫌な様子で自慢の猟犬を撫でている。狩猟館に着いてから、簡単な挨拶は済ませていたものの、大事をとって寝ていたリオレッタは侯爵と込み入った会話する余裕がなかった。話したい事はいっぱいあるのだ。リオレッタはいそいそと侯爵に近寄った。


「お父さま、おはようございます」

「おはよう」

「ええと……それで、お父さまにご報告したいことが」

「なんだね」

「エドワードさまとどうにか仲良くやっていけそうです。お父さまの助言のおかげですわ」


 犬を撫でていた手を止め、侯爵はゆっくりとリオレッタを振り返る。彼の目は嬉しげに細められていた。


「よくやったな。私も嬉しいよ」


 侯爵の珍しい発言に、リオレッタの頬が紅潮する。彼がこのようなはっきりした感情を口で表すのは初めてだった。少なくともリオレッタの前では。

 娘として父にできることといえば、彼の用意した縁組をより良いものにすることぐらいだ。勿論自分のためでもあるが、今までの苦労が功を奏し、そしてそれが父に認められれば喜びも一入だった。嬉しさのあまり、リオレッタは饒舌になる。


「それとお父さまにはお酒のお礼も。ありがとうございます。ホレスさまから伺っておりましてよ」


 実はパーマストン伯爵から頂いた酒は、父から贈られたものだった。以前伯爵の見舞いに行った折に、ネタ明かしをされたのだ。あれは実は父君からの贈り物で、照れくさいから私に頼んだのだろう、と。父と付き合いの長い伯爵が言うことなのだ。リオレッタは素直に信じて喜んだ。


「……あいつ、喋ったのか」


 決まりが悪いのかな。お父さまってばなかなか可愛いところがある。渋い顔をして呟く侯爵に、思わず笑いが漏れる。

 侯爵はわざとらしく咳払いをして、ニヤつく娘を黙らせた。


「味はどうだったかね」

「とても美味しゅうございました。エドワードさまと共に頂きましたわ」

「そうか。それは良かった」

「バイロン、リオレッタ! 今日は良い狩り日和だな」


 親子の会話を楽しんでいる二人の下に、愛馬に跨ったエドワードが現れた。侯爵は臣下の礼をとり、リオレッタもそれに倣う。


「これはエドワードさま、おはようございます。真に、良い日和で何よりですな」

「ああ。今日はバイロンのお手並み拝見といこうか。狩りの名手と名高いお前のその腕前、私はこの目にするのを以前より楽しみにしていたのだ」

「エドワードさまの御手腕も相当のものだと聞き及んでおりますぞ。以前仕留められた牡鹿の話などは……」


 リオレッタを差し置いて、男達の狩り談義が盛り上がる。語り合いたいと思う程、狩りへの情熱がないので気にはならなかったが。

 そうこうしている内に、狩りが始まりそうな頃合になったので、リオレッタは自分の馬に跨った。父やエドワードもそれぞれの配置に移動している。そうして目で追っていたら、エドワードと視線があったのでお互いに微笑み交わした。病み上がりのせいか、彼の顔色はあまり優れない。しかしこの日を楽しみにしていた彼には、多少の体調不良は気にならないようだ。リオレッタも胸のむかつきは少し残っていたが、エドワードと同じく楽しいことがあれば気にならない。尤も、リオレッタが楽しむのは狩りではなく、その獲物を享受する事にあったが。

 狩りの日の食卓は豪華だ。今日は何が獲れるだろうと、高揚する胸の高鳴りを聞きながら馬上で待機する。


 そして角笛が鳴る。狩りの始まりの合図だ。リオレッタは馬で駆け出した。

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