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おかしな転生プロジェクト  作者: ■
侯爵令嬢リオレッタ
11/12

9話 進展

(よだれ……? こんなとこで寝ないでよ……)


 エドワードの飲酒量を考えたら、リオレッタならば今頃眠くなっている。飲酒後の爆睡。リオレッタにはそうとしか思えなかった。

 しかし鼻をすする音が聞こえたので、リオレッタは心底驚いた。


(ええー!? もしかして泣いてるの!? 泣き上戸!?)


 成人した男の泣き姿を見るのは初めてだ。しかもあの傲岸不遜なエドワードなのだ。リオレッタは不謹慎にもわくわくした。泣き顔をみてみたい! と……。

 どうしようもない野次馬根性を発揮したリオレッタは、いやらしい顔をしてエドワードに尋ねた。


「あの、エドワードさま。どうなさったのですか……?」


 ややあって、エドワードは顔を俯けたまま、掠れた声でぼそぼそと喋りだした。


「私は、嬉しかったのだ。お前が、私の生まれた日を祝ってくれて……」

「……」

「生まれてきてくれてありがとうと。その言葉に私がどれほど救われたか……」


 ノリで適当に言った言葉だった。その日はいいこともあって、浮かれていたのだ。

 そのいいこと、というのは父親との親交が深まったことだ。丁度城に立ち寄った父に近況を尋ねられたので、ついでにエドワードのことを相談したのだ。彼はアドバイスをくれ、心配だからと手紙のやり取りを約束してくれた。リオレッタにはそれが嬉しく、その日だけはエドワードに感謝したい気分だったのだ。

 それを誕生日らしい言葉にして伝えただけだ。なのに泣き上戸だとしても、エドワードの感激している姿を見ていたら、自分が最低なことをしている気分になってしまった。彼に伝えたことは心の底からの言葉ではないのだから。

 あまりの居たたまれなさに、リオレッタはもごもごと言い訳をする。


「わたくしがしたことなど大したことでは……。軽い気持ちで言った言葉ですし……

」


 エドワードはハンカチーフを取り出し、俯けていた顔を上げ鼻をかんだ。そしてリオレッタに向かって微笑んだ。


「たとえそうであったとしても、私は嬉しかった」


 いつもの険はなく、爽やかな笑みだった。こんな風に笑うエドワードは初めてだ。目も鼻も赤く、ひどい顔をしていたが、今までで一番いい顔をしていると思えた。

 そんな彼を見ていたら、リオレッタはなんだか落ち着かなくなって、視線を逸らしてしまった。


 少しの沈黙の後、エドワードは穏やかな笑顔を皮肉な笑みに変え、暗い声で語りだした。


「今でこそ皆私を持て囃すが、幼い頃は私のことなど顧みる者などいなかったのだ。母上は私を嫌っているし、父上は母上の言いなりだ。主に捨て置かれる子供など、誰も関心を持たない。殺されなかっただけましなのだろうが……」

(そんな設定つけてないんだけど……)


 何せたった四話の物語だ。エドワードのことは、外見と人柄だけしか本編中では記述されていない。彼の生い立ちが収められているのは、莉緒の脳内だけだ。記述されていないことは、勝手に補完されてしまうらしい。もはやここまでくると、莉緒の考えた設定などあってなきが如しだった。


 そしてエドワードの語る過去は、リオレッタを憂鬱にさせた。 

 リオレッタはエドワードのような経験をしたことが無い。前世と比べて今の両親はあっさりしたものだったが、それでも親子としてのやり取りはある。使用人たちからは可愛がってもらったし、寂しい思いなどしたことがなかった。それだけに、彼の境遇を思うと辛くなって目頭がじわりと熱くなる。


 疲れたような表情をしたエドワードは、暗い声のまま続ける。


「だから私は好かれようと努力した。剣術や勉学に精を出し、そして私の周りに人が集うようになったが……母上はどうあっても私がお嫌いなようだ」

「そんな、どうしてそこまで……」

「さあな。あの方は何も語っては下さらぬ。ただあの日……私を憎しみと嫌悪の目で見つめ、こう仰っただけだ。お前など生まれてこなければよかったと。私は打ちのめされた。しかしお前が笑顔でくれた言葉に私は……暗闇の中に光を見出したようだったよ……」


 そう言い切ったエドワードは涙の滲む目を細め、穏やかな微笑を口元に浮かべた。


「だから今度は私からお前に言おう。リオレッタ、生まれてきてくれてありがとう。お前が私の婚約者であることを幸せに思う」

「あ、あの、その……、ありがとうございます……」


 慈愛のこもった眼差しで見詰められ、リオレッタはこの場から逃げ出したくなった。こんなむず痒い雰囲気は苦手だ。しかもエドワードに対して、こんな感情を抱くなんてリオレッタには認め難いことだった。

 何とか空気を変えなくては。慌てたリオレッタは、視界の端にワイン壷を捕らえ、ろくでもない結論を導き出した。そうだもっと酔わせてしまえばいいのだ。


「杯が空ですね! お注ぎします!」


 そう言ってリオレッタは慌てて立ち上がろうとした。そして次の瞬間、派手な音を立てて机に寄りかかってしまった。

 また眩暈だ。視界がぐるぐると回り、意識が朦朧とする。


(飲みすぎたのかな……)

「おい、大丈夫か!?」

「は、い……。多分飲みすぎてしまったのだと思います……」


 そう言って机に手をついて立とうとするも、力が上手く入らず、ふらふらとよろけてしまう。そうしている間に、濡れた感触がリオレッタの手のひらにじわりと染み渡った。どうやら寄りかかった衝撃で、リオレッタのゴブレットが倒れてしまったようだ。


「医者を呼ぼう。先ほども倒れていたし、念のために診てもらったほうがいいだろう」

「本当に大したことは無いと思います……」


 朝から熱っぽくはあったが、それほど大騒ぎするほどのことでもない。たまたまだ。

 尚も立ち上がろうとするリオレッタを、エドワードは制して抱き上げた。前世で憧れていたお姫様抱っこというやつだ。気恥ずかしくはあったが、遠慮する余裕もなかったので、リオレッタは大人しく成すがままになる。


「部屋まで私が運ぶ」

「お願いします……」


 リオレッタは蚊の鳴くような声をしぼりだし、エドワードの言葉に素直に甘えることにした。


 エドワードの体温と、ゆっくりとした振動にリオレッタの胸が熱くなる。労わっていてくれるのだと感じられることができた。

 この分だと、もしかしたらエドワードとも上手くやっていけるかもしれない。いずれは家族としての愛情を育めるようになるだろうか。明るい未来と希望の予感にリオレッタの胸は打ち震えた。


(そうだ、お父さまに報告しないと。それとお礼も)


 今までの努力が実を結ぼうとしているのだから、喜びも一入だ。このことを是非父親にも伝えたい。今まで相談に乗ってくれたのだから。

 五日後に狩りの会がある。その日に会って、報告するのだ。病床にいる伯爵にも言伝をお願いしよう。でも、もしかしたら明日辺り会えるかもしれない。

 婚約してからというもの、侯爵は折に触れてリオレッタの顔を見に寄ってくれるようになっていた。


 全てが良い方向に向かっている。指に収まっている銀の指輪を撫で、リオレッタはうっすら微笑んだ。





 この時、リオレッタは気付くべきだった。指輪の裏側が黒く変色していることに。


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