おまけのハッピーエンド
サーシアが想い人と心を通わせたと聞いてサーシアの兄姉、リリア、セラたちが喜びにわく中、若返った魔女がやれやれといった様子でつぶやく。
「さてと。そろそろ行こうかね」
「どこへ?」
魔女のつぶやきを聞きつけた姉姫の一人が、振り返って尋ねた。魔女はしたり顔で笑い、答える。
「あの子のところへさ。あのままにしておくわけにはいかないからね」
「サーシアにこれ以上何をしたっていうの!?」
食ってかかろうとするもう一人の姉姫に、魔女はうんざりした声を上げた。
「あーもう、シスコンはたいがいにしておくれよ。もうあの子は立派な大人だ。子どもの時のようにあんたたちに面倒をかけることはない。説明するのも面倒だから、“鏡”を置いていくよ」
鮮やかなオレンジ色の尾をくねらせて浮き上がった魔女は、両手を広げて水にひずみを作り鏡面の作り出す。
そこに映ったのは、ピンクの尾を持つ人魚の赤ちゃんを抱いたサーシアと、サーシアが夫に選んだ男。
二人が一緒に抱えている赤ん坊に、全員の目が釘付けになった。
「まあ……あの子がサーシアの?」
「何てかわいい……」
けれど鏡に映る二人は、次第に表情を曇らせていく。
サーシアの兄姉やリリア、セラが心配そうに見守っているうちに、魔女はその場から姿を消した。
──・──・──
「まさか水槽で?」
冗談めかしてレオが言ったものの、サーシアは微笑みを返すことはできなかった。生まれたばかりの我が子に視線を落とし、辛そうに話す。
「この子は、ここでは育てられないわ。水の問題が解決したって、前にレオ様が心配してくださったことが……」
レオもすぐに表情を曇らせた。
「そうだったね。人間に人魚の存在を知られてしまうわけにはいかない。人魚たちの暮らしを脅かしてはいけないし、第一この子自身を狙う輩が現れるかもしれない」
「……事情を離せば、海のみんながこの子を育ててくれると思うの」
「産まれたばかりの我が子を手放さなければならないのは辛いが、そうするしか方法はないか……」
沈鬱になりかけたその時、部屋の中が急に明るくなった。
まぶしさに目を閉じ、少ししてからおそるおそる開ける。すると空中に、鮮やかな尾ひれを持った妖艶な美女が空中に浮いているのに気付いた。
「おめでとう、サーシア。あんたは見事試練に打ち勝った」
「──誰?」
口をあんぐり開けたレオは、少し迷ってサーシアに尋ねる。人魚であることは間違いないけれど、サーシアも見たことのない美女だった。ふるふると首を横に振ると、美女は大きくため息をつく。
「あたしの話から想像してみるってこともしないのかい? あんたをニンゲンにしてやった魔女だよ」
サーシアはぽかんとして口を開いた。
「魔女の“おばあさん”!?」
「……あんた、あたしのこの姿を見てもまだ“おばあさん”と呼ぶのかい?」
魔女は不機嫌そうに顔をしかめる。確かに、おばあさんというような年齢には見えない。サーシアは言い直した。
「魔女の“おねえさん”、一体その姿はどうしたんですか?」
「変に強調した呼び方が気になるが、まあいいさ。サーシア、あんたはあたしへの報酬に疑問を持っていたね。あたしは返答をごまかしたが、この姿こそが本当の報酬さ。あたしの作った薬で恋人たちがしあわせになると、そのしあわせのおすそわけであたしは若返ることができる。報酬、確かに受け取ったよ。ここまで若返ったのは久しぶりだ。礼を言うよ。その代わりというわけじゃないが、薬を持ってきてやったよ」
魔女は空中を泳いでサーシアたちに近付くと、サーシアの口に小さな赤い玉を一つ押し込み、それから赤ん坊の口にも同じものを持っていって、口の中に入るようにぷちんとつぶした。柔らかい甘味のある液体を、赤ん坊は嬉しそうに飲み干す。サーシアも飲み下すと、心配そうに赤ん坊と魔女を交互に見た。
「この薬は一体何?」
聞くまでもなかった。すぐに赤ん坊が大きく尾を振って変化を始める。ピンクの尾ひれが、ふっくらとした二本の足に。
驚きに言葉もないサーシアとレオに、魔女は満足そうな笑みを浮かべた。
「礼はいらないよ。もともと赤ん坊はニンゲンと人魚の血の両方を引いている。ちょっとバランスを変えてやれば、どっちにも簡単になれるのさ。あんたにも同じものを飲ませたから、これから産まれてくる子たちはみんな二本の足を持って産まれてくる」
「……そういう便利な薬があるなら、最初から飲ませてくれればよかったのに」
「どの口がそんなかわいくないことを言うのかね?」
ぼそっとつぶやいたサーシアの頬を、魔女は遠慮なくつまんだ。
「い、いひゃい」
「やめてください!」
サーシアの頬を引っ張る魔女を、レオが慌てて止める。サーシアの頬から手を離した魔女は、呆れたようにため息をついた。
「赤ん坊が人魚の姿で産まれてきたからこそ、あんたたちの想いは通じ合って声が戻ったんじゃないか」
「それはどういうことです?」
レオが不思議そうに尋ねると、魔女はかいつまんで教える。
聞き終えたレオは難しそうな顔をした。
「わたしがシーナ……いや、サーシアを愛するようになったのはしばらく前からです。両想いになったら声が戻るというなら、何故その頃にサーシアの声は戻らなかったのです?」
「サーシアに言ったのは詭弁というやつさね。あたしはあんたたちからしあわせを分けてもらいたかった。サーシアが望んでたのはレオ、あんたと結ばれることだ。あんたと両想いになればサーシアはしあわせになる。だからあたしは、嘘は言っちゃいない。──あんたがサーシアを愛するようになった時、サーシアは心を閉ざすようになってた。互いが互いに愛されてることに気付かず、片思いと変わらない状況だったし、あんたたちは不幸だった。だからあたしに報酬が入ってこなくて、声も返らなかったのさ」
得意げな様子の魔女に対し、レオはぼそっとつぶやいた。
「……最初から声をとらなければ、わたしたちはもっと早く幸せになってたろうに。わたしはもともと人魚だったサーシアが好きだったのだから」
「この口も何か言ってるね?」
魔女はレオの頬を思いっきりひねり上げる。
「いひゃ、いひゃい」
「やめて! やめてったら、魔女の“おねえさん”!」
サーシアが“おねえさん”を強調しながら止めに入ると、魔女はレオの頬から手を離し呆れ返って言う。
「あんたたち、二人ともいい性格してるね。ホントお似合いだよ」
少し腹を立てている様子だったけれど、やがて魔女は苦笑して、二人から離れた。
「もう一個サービスしてやろう」
魔女が手を振ると、ベッドの上に放り出されていたサーシアのうろこが輝きだす。
「あんたのリリアや姉さんたちと、それで連絡を取り合いな。あんたと永久にお別れだと思うとしあわせになれそうもないのが何人もいるからね。あたしゃ彼女たちからも報酬を受け取る約束をしてるんだ」
サーシアは魔女を見上げ、瞳を潤ませた。
「何から何までありがとう」
「何から何までってことはないさ。あたしが立ち去る時、そいつらの時を止めてる魔法を解くからね」
その時になって、二人はようやくさっき悲鳴を上げていた医者や産婆たちが、驚愕の顔をしてへたり込んだり立ちすくんだまま微動だにしていないことに気付く。
「二人で協力して、上手く言い訳しとくれ」
そう言って魔女は姿を消した。
途端に周囲が動き出す。
「お、御子が……! ──ってあれ? いつの間にレオ様が?」
「御子が何だって?」
うそぶきながら、我が子が見えるようにレオが体をずらすと、その場にいた者たちは呆然とする。
「さっき見た尾ひれは……」
その時、ダリスが寝室に駆け込んできた。
「レオ! あんた駆けつけるの早い! 一瞬でいなくなるからびっくりしたわよ!」
「待望の我が子の誕生だからね。できるだけ早く対面したかったんだ」
レオはごまかしを口にしたが、その必要性はあまりなかったようだった。ダリスはすぐに赤ん坊に惹き付けられる。
「まあ! かわいい! 」
うっとりと見つめていたが、ダリスはすぐに我に返り、医者たちを見回した。
「ねえ、さっきこっちから悲鳴が聞こえたわよね? 何があったの?」
「いえ、その……」
医者たちはきつねにつままれたみたいに困惑顔をする。悲鳴の原因となった尾ひれがないのだから、説明のしようがないのだろう。そこにサーシアが笑顔で言った。
「あんまりかわいい子が生まれたから、みんなびっくりしたんだわ、ね? レオ様」
「ああ、そうだね」
ダリスは息を呑む。
「シーナ、あなた声が……!」
「そうなんだ。出産のおかげかな。それに、本当の名前はサーシアというそうだよ」
遅れて寝室に入ってきたクローディアも、会話に加わった。
「サーシア! 素敵な名前ね。あなたのお話も聞きたいけど、その前に孫を抱かせて」
四人がわきあいあいと話していると、医者たちは腑に落ちない様子でいながらも、後片付けに動き出した。
──・──・──
一連の様子を見ていた兄姉たちは、赤ん坊に尾ひれがあったことがうやむやになったと確認できると、ほっとして息を吐いたり肩から力を抜いたりした。
「我が妹ながらあっぱれと言うべきか」
少し唖然としながらサーシアの兄がつぶやくと、セラも同意したようにうなずく。
「見事にけむに巻いてしまいましたね」
姉の一人も肩をそびやかし、認めるのが悔しそうにぷりぷりしながら言った。
「あの王子いけすかないって思ってたけど、意外にサーシアとお似合いだわ」
そこに魔女の不機嫌な声が響き渡る。
「やれやれ。あたしの采配をほめようってヤツはいないのかね?」
戻ってきた魔女に、リリアは慌てて言った。
「素晴らしい采配でした。それで、サーシア様と連絡を取り合えるようにしていただけたということですが、どのようにすればできるんでしょう?」
魔女は腰に手を当て、顔をしかめた。
「……あんたたちが揃いも揃ってあたしを敬う気がないってことがよくわかったよ。何でもいいから平たいものをよこしな。そこに鏡面を張ってやろう。鏡面を覗き込めばいつだって顔を見ながら話ができる。話ができさえすれば、真夜中に示し合せて海岸で会うこともできるんじゃないのかい?」
リリアの顔がぱあっと輝く。
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
サーシアの兄姉やセラも魔女の話を聞き付け、手を取り合って大喜びする。そんな面々をながめ、久方ぶりに若返った魔女は苦笑を浮かべながら大きなため息をついた。
それから数カ月が経った。
鏡で連絡を取り合うことで、サーシアは父王との再会と夫の紹介を果たす。そしてセラとリリアの結婚を取り持って欲しいと願うサーシアに父王は末娘の著しい成長を見て大喜びし、二人がつつがなく結婚できるよう手配すると請け負う。
有力貴族の子息と乳母の娘であるセラとリリアの結婚式は、身分差もあってあまり盛大にはできなかったが、魔女のはからいでサーシアたち親子も出席が叶い、とてもしあわせなものとなった。
それによって魔女はさらに若返り、サーシアと同じくらいの年齢になった。
「このまましあわせを取り込み続けたら、そのうち赤ん坊より小さくなっちゃうんじゃないの?」
そう言った姉姫の一人に、妖艶な美女から可憐な少女になった魔女は愉快そうに笑った。
「調節できるから大丈夫さ」
このまましあわせを取り込まなければ、通常の速度で年をとっていくのだという。
「若さに任せて突っ走るサーシアを見ていて、ちょっとうらやましかったからね。しばらくの間青春ってやつを謳歌してみようって思うのさ」
それからしばらくしてからのこと──
「えぇ!? 兄さまが???」
「もうびっくりでしょ?」
仰天するサーシアに姉姫たちはため息をつきながら言う。
「サーシアと同じくらいまで若返った魔女を見てるうちに、庇護欲が芽生えたんでしょうね。あんな暗いところで暮らしているな、危険だから海溝の奥深くまで薬草を取りに行くな、若返ったんだから言葉遣いをあらためろ、知らない男についていくなって、魔女につきまとってくどくど言って。うんざりした魔女が逃げ回るから、よけいにサーシアを思い出して懸命に追いかけたくなるんでしょうね」
城から脱走しては兄に追いかけ回されていたことを思い出し、サーシアは苦笑する。
姉姫たちはとんでもないことを話し出した。
「そのうち結婚でも申し込むんじゃない?」
「あの様子だと、ありうるわよね」
「サーシアだって血のつながりがなかったら、きっと申し込まれてたわよ」
「ホントホント。あれは庇護欲通り越して執着よね~」
姉姫たちは大笑いするけれど、サーシアは笑えない。何しろ数カ月前まで老婆だった、年齢不詳の女性だ。
ホントにプロポーズしたとしたら、姉さまたちも笑えなくなると思うんだけど……
姉姫たちとサーシアの予感は的中した。
人魚の王国プリンズランドの王太子である兄は、若返った魔女にとうとうプロポーズ。姉姫たちが唖然として笑えなくなった中、王太子の魔女への猛アタックが繰り広げられ、やがて根負けした魔女がOKする。
そうしてプリンズランドの王家の血筋に、魔女の血が入ることになったとさ。
今度こそおしまいです。お読みくださりありがとうございました!