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血統の創造主 〜神の眼を持つ元廃人が、産廃血統で世界を塗り替える〜  作者: ペンは休み休みもて(ペンもて)
産廃の血は嗤わない

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第4話 エデン・スタッドの嵐 【2027年・1歳期】



 夏のある朝、三村から報告が来た。


「フルークが柵、やりました」


 澪がコーヒーを持ったまま振り返った。「またですか」


「今回は二本です」


「先月より一本多いですね」澪はタブレットを開いた。「補修費、計上しておきます」


 なんかもう慣れてきてしまった。最初の頃は「え、馬が柵を?」と思ったのに、今は「今月何本目だっけ」になっている。これがこの牧場のスタンダードなのか、それともフルークが特別なのか。たぶん後者だと思うけど、確かめる術がない。


 鉄路が現場を見に行って、戻ってきた。


「後ろ脚で蹴りましたね。力が有り余ってる」


「退屈なんですよ」と駿が言った。事務所のソファでエナジードリンクを飲みながら。「もっと走らせてあげたい」


「まだ早い」と鉄路は言った。「焦って故障したら元も子もない」


「わかってますよ、源さん」


「わかってたら柵の前に立ってあげてください。フルークが三村を見る顔と、天海さんを見る顔、全然違うので」


 駿はソファから立ち上がった。「そうなんですか」


「そうなんです」


 駿がエナジードリンクを持ったまま放牧地に向かうのを見送りながら、澪は補修費の欄に数字を入力した。先月より少し多い。来月はもっと多くなる気がする。根拠はないけど、そういう気がする。


ーーーー


 秋になって、調教が本格的に始まった。


 坂路の前で大和がストップウォッチを持ったまま固まっていた。秋の調教が始まって初めてのタイム計測、その結果を画面に出したまま、三十秒くらい動いていない。


「どうしました」と駿が隣に来た。


「……これ、合ってます?」


「何が」


「タイムが」大和は画面を向けた。「キャリブレーションは今朝やりました。計測器のメーカーにも確認した。でもこの数字は1歳馬の調教タイムとして、データ的に存在してはいけない領域で、骨格と筋量から試算できる最高値を余裕で超えていて、このまま成長したら上がりタイムが――」


「大和さん」


「はい」


「息してください」


 大和はハッとして口を閉じた。マフラーを握って、一呼吸。


「……失礼しました」


 駿はにこにこしながら画面を見た。数字は見なくていい。チートで全部見えてる。ただ大和がこの顔をするの、なんかいいなと思う。毎回初めて見るみたいに驚く。


「面白いでしょ」と駿は言った。


「面白いとかじゃなくて」と大和は言ったが、少しだけ口元が動いた。


 鉄路は坂路の上を見ながら、静かな声で言った。


「私も馬の世界に三十年いますが、1歳でこのタイムは見たことがない」


 一拍置いてから、付け加えた。


「だからこそ、怖い」


ーーーー


 秋が深まった頃、知らない車がエデンの敷地に入ってきた。


 鉄路は遠目に見て、すぐにわかった。ナンバーじゃない。車種でもない。降りてきた男の歩き方だ。ああいう歩き方をする人間が、この業界にいる場所は限られている。


 男は吉岡といった。


「鉄路さん、ご無沙汰してます」


 笑顔が人の良さそうな男だ。実際そうだと思う。悪いやつじゃない。ただ今は、ノースフィールドの人間として来ている。


「噂、聞きましたよ」と吉岡は続けた。「調教タイムがおかしい馬がいるって。ドンナーハルトの産駒でしょう?」


「どこで聞きましたか」


「あちこちで」吉岡は少し声を落とした。「総帥も、少し気にされているみたいで」


 白河統馬の名前が出た瞬間、鉄路の中で何かがすっと冷えた。気にしている。その言葉の意味を、この業界に三十年いればわかる。


「今日は見学はお断りします」と鉄路は言った。穏やかに、しかしはっきりと。「馬が落ち着かない時期なので」


 吉岡は少し困ったような顔をしたが、頷いた。


「そうですか。また機会があれば」


 車が去るのを見送りながら、鉄路は秋の空を仰いだ。高くて、澄んでいた。


 厩舎の方からフルークの嘶きが聞こえた。相変わらず、何かに向かって主張している。


ーーーー


 その夜、駿に言いに行った。


「星台が動いてるかもしれません」


 駿はパソコンの画面を見ていた。ウイポじゃなくて競馬のデータベース。ブランドフォード系の産駒成績を掘っているらしい。何時間でもこれができるやつだ。


「そうですか」


「……そうですか、だけですか」


「正しいことやってたら敵が来るの、当たり前じゃないですか」


 鉄路は少し考えた。言い返せない。言い返せないのが一番困る。この人の言ってることが間違いだって確信が、どうしても持てない。


「ゲート試験、来年の春には受けさせないといけない」


「大丈夫ですよ」


「根拠は」


「フルークがゲート嫌いなんじゃなくて、ゲートの先に何があるかまだ知らないだけだと思うんで」


 根拠じゃない。でも鉄路には何も言えなかった。


 廊下に出ると澪がタブレットを抱えて立っていた。経費の書類だ。毎月この時期に来る。


「源さん、お疲れ様です。何かありました?」


「いや」鉄路は少し迷った。「ただ、この牧場には敵がいることを改めて確認しました」


 澪はちょっと考えてからタブレットに何か打ち込んだ。


「敵、とメモしました」


「メモしないでください」


「でもメモしておいた方が」


「しなくていいです」


 澪はそれでも消さなかった。鉄路は廊下を歩きながら、まあいいかと思った。どうせここはそういう牧場だ。


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