58:湖畔の月
という訳で、夜を待ってのお出かけ。
ヴィルベルに乗っていくということもあって、今日はガルムもお留守番。
お月見という話だったのだけれど、ヴィルベル曰く、月を見るのに丁度良い場所があるらしい。
せっかくだからと、連れて行ってもらうことにした。
夜空を旅するのだから、寒いかもしれないと、コートだけ着込んでおく。
「スズカ、仮面付けていけ」
「え、なんで?」
荷物もなく手ぶらで向かう気満々の私に、ヴィルベルが声を掛けてきた。
仮面……って、あの白い仮面のことだよね、きっと。
「ダンジョンから出る時もそうだが、魔の森の中を移動している時も、他の冒険者に見られる可能性が無いとは言えない」
「あー……」
言われてみれば、そうだ。
このダンジョン、今では冒険者が出入りする立派な探索ポイントになっている。
誰か知った冒険者に見られでもしたら、面倒なことになるかもしれない。
特にヴィルベルに乗っている時に見られたら、完全にアウトだ。
「仮面姿がうろついているのも、怪しいと思うけれど……」
「それは今更だろう」
ヴィルベルの言葉に、思わず苦笑する。
最初にジェレミーさんと出会った、あの時──冒険者達の前に白い仮面で現れた時から、私は十分怪しい人間だったのかもしれない。
ダンジョンを出て、少し開けたところで竜の姿に戻ったヴィルベルに乗り込む。
二度目の飛行は、前よりも怖さはない。
夜だから、暗くて下が見えないというのが大きいのかもしれない。
見えたところで、ここは魔の森、下は一面木が生い茂るばかりだからね。
頬に当たる風は仮面で遮られるけれど、やっぱり夜は寒い。
風を受けて、衣服がはためく。
本格的に身体が凍えるより先に、前方の視界が開けてきた。
「わぁ……」
木々が開いた先に見えてきたのは、大きな湖だ。
月の光を受けて、湖面がキラキラと輝いている。
一目見て、ここがヴィルベルが言っていたお月見スポットなのだと分かった。
湖の畔に降り立ち、ヴィルベルが人の姿に戻る。
上空から見下ろす景色も絶景だったが、大地に降り立った後に湖を見たら、天空に輝く月が湖面に揺れていた。
「綺麗……」
最初に見た時は、昼に来るのにも良さそうな場所だなって思った。
魔の森の中にあるんなら、ピクニックに良いかもしれない。
でも、今の景色を見て、気が変わった。
この幻想的な色合いは、月が空高くにある時にしか見られない。
「月が綺麗だな」
「うん……」
ヴィルベルの言葉に何気なく答えて、はたと気が付いた。
今、何を言われた?
めちゃめちゃ普通に返しちゃったじゃん。
「……」
「……」
湖面を渡る風の音だけが、やけに大きく聞こえた。
ヤバい。気まずい。
いや、あのヴィルベルが深い意味で話している訳がない。
そう思うのに、心臓が暴れ回ってうるさい。
ああ、もう。
なんでヴィルベルを相手に、こんなにドキドキしなきゃいけないのよ!
そりゃ、確かに「月が綺麗ですね」の意味は分かっていたけど……。
知ってはいたけれど……。
…………。
ダメだ、考えれば考えるほど、ドツボに嵌まってしまいそうな気がする。
ヴィルベルが何を考えているかなんて、分からないよ。
いや、むしろ何も考えていないのか。
……そうかもしれない。
「ヴィルベル、さ」
「うん?」
小さく呟けば、声が返ってきた。
今は、ちょっとヴィルベルの顔を見る気にはなれない。
俯いたまま、言葉を続ける。
「あんまり、誤解させるようなことは、言わない方がいいよ」
心臓がうるさくて、このまま黙っているのも苦しかった。
「誤解?」
何を言っているんだと言わんばかりの口調。
え、ちょっと待って。
ひょっとして、気付いていないの?
それとも──本気で、言っているの?
どうしよう。
ヴィルベルの顔を見るのが怖い。
「俺が何を誤解させたというのだ」
「えーと……」
何と言ってみたものか。
考えるうちに、時間だけが過ぎていく。
俯いて、自分の足下に視線を落としたまま。
下を向いていても分かる、痛いほどに視線が突き刺さっている。
「……」
いや、気のせいじゃない。
本当に、凝視されている。
しかも……すぐ隣、ヴィルベルの居る方からじゃない。
湖だ。
湖の方から、視線を感じているんだ。
「……?」
顔を上げたら、にんまり笑顔がそこにあった。









