56:静かな食卓
「なんだ、あのどでかい声は!」
「だから言ったじゃん、音を大きくする為の機械を運んでもらうって~」
ダンジョンに戻ってからというもの、拡声器とスピーカーの大音量コンボに臍を曲げたヴィルベルの機嫌を取るのが大変だった。
他の竜達はヴィルベルの手前、私に直接文句を言うことはしなかったけれど、皆相当疲弊した様子だった。
あの生意気な赤竜でさえ、耳を押さえてフラフラしていたなぁ。
相当堪えたみたい。
働いてくれた竜達には、ちゃんと和牛塊肉をいっぱい差し入れておきました!
受け取る様子も元気なかったから、今度また追加で持っていかないとだなぁ。
人間と比べて、竜族は力も感覚器官も発達しているんだって。
ボリュームMAXのスピーカーを背負っていたんだから、そりゃ大音量が耳元直撃したはずだわ。
ごめんなさい、反省しております。
でも、彼等の協力のおかげで、ロドニー王国は上手く行ったみたい。
一人を除いて、王都の人達の魅了は解けた。
……まぁ、その解けてない人ってのが、あの王太子エリオットらしいんだけど。
彼だけは、頑なにサヤを救国の聖女だと主張して譲らないらしい。
サヤのスキルは、王太子が異世界から召喚した際に、もたらされたもの。
結びつきが強いのか、それとも自分の非を認めたくないのか……これまでにやらかしたことと合わせて、もう手の施しようがないと判断されたようだ。
エリオットは廃嫡となり、サヤと二人、国外追放の処分を受けた。
代わりにジェレミーさんがロドニー王国に戻って、今後は彼が次期王位継承者として国を動かしていくことになるのだろう。
凄いよね。
ついこの間まで一緒に冒険者をしていたジェレミーさんが、次の王様だって!
身近な知り合いが、突然有名人になった気分。
元騎士団長のダグラスさんも、ジェレミーさんを補佐する為に、一緒にロドニー王国に戻っていった。
当然、ダグラスさんの部下だったエディさんも一緒。
地下99階に居るのは、私とヴィルベルとガルム、そしてレムスだけ。
以前と同じメンバーなはずが、なんだか寂しく感じてしまう。
なんだかんだ、賑やかなのが楽しかったのかもしれない。
「スズカ」
「なぁに?」
どこか突っ慳貪な、ヴィルベルの声。
「俺も今日は肉がいい」
「はいはい」
竜達に塊肉をいっぱい渡したものだから、それも面白くないらしい。
アイテムクリエイトで作り出せるんだから、別にいいじゃんね。
別に減るもんじゃなし……って、一応は私の魔力が減っているはずなんだけど、いまだに実感は湧いていない。
「どうしようかな~、久しぶりに角煮でも作ってみようか」
「かくに?」
メニューを呟くと、ヴィルベルの頬がヒクリと動いた。
「うん。角煮はね~、豚肉を煮込んだ料理なんだ」
八角は入れず、醤油とみりんで和風ベースにして、辛子と白髪ネギを添えて食べるのが我が家流。
煮卵も忘れずに!
そうと決まれば、善は急げ。
ネギの青いところと生姜で下茹でを開始、茹でこぼしたらお湯を変えて、今度はコトコト煮込んでいく。
私が料理を作っていると、レムスがやってきて手順をメモしだすのはいつもの通り。
気付くと再現レシピを披露してくるから、侮れない。
面倒な時はレムスに料理をお願いしても良いのだけれど、ヴィルベルは「スズカの作った料理の方がいい」って言って、嫌がるんだよね~。
ヴィルベルは、どっかりとリビングに座って完成を待っている。
一家のお父さんか。
ガルムは鼻をヒクヒクさせながら、私の周囲をウロチョロしている。
可愛いけど、料理中に足下に纏わり付かれると、ちょっと怖いんだよね。
「ガルム、おやつあげるから向こうで待っていてくれる?」
「ワウッ!」
私がお願いすると、元気な声が返ってきた。
尻尾がブンブン揺れている。
ガルムの為に生ハムを切り分けてリビングに持っていったら、ヴィルベルがジト目でこちらを見た。
「俺の分は?」
「はいはい、そう言うと思ったよ」
追加の生ハムと、ついでにチーズも盛り付けて、厨房に戻る。
じっくりコトコト煮込めば、柔らかな豚の角煮の完成!
箸で切れるくらいが理想だよね。
白いご飯の上に刻み海苔を敷いて、その上に豚の角煮と煮卵を盛り付け、最後に白髪ネギと辛子を添える。
豚の角煮丼の出来上がり~!
のんびり時間のかかる料理が作れるのも、心配事が片付いたからこそな気がする。
肩の荷も下りたことだし、久しぶりにこのダンジョンでまったり過ごしますか。
また冒険者として、依頼を受けに行くのもいいなぁ。
……って、そういえばもうジェレミーさんとは一緒に冒険に出られないんだ。
彼はもう、冒険者のジェレミーさんではない。
王弟ジェレマイア殿下として、ロドニー王国の中核を担っていくのだ。
「はい、お待たせ~」
レムスと二人で角煮丼をリビングに運ぶ。
大食いコンビはどうせおかわりするだろうから、おひつと角煮の鍋も一緒に持っていってしまう。
「ワンッ」
待ってましたとばかりに、ガルムが尻尾を振る。
「さ、どうぞ」
皆の前に丼を差し出せば、いよいよ食事のお時間だ。
「んっっ」
久しぶりに作った角煮は、箸でほぐれるくらいに柔らかかった。
脂身と肉のバランスが絶妙で、ジューシーだけれど、脂っこくはない。
肉の臭みはなく、ほのかな甘みと肉の旨味が口いっぱいに広がる。
白髪ネギでサッパリ、辛子でピリリと食べられるのもいいね。
ご飯は美味しい。
美味しいけれど……なんだろう、以前の食卓と比べると、やけに静かな気がしてしまう。
何にでも驚いてくれるダグラスさんや、ことあるごとに苦笑を浮かべる常識人なジェレミーさん。
気の好いお兄ちゃんなエディさん。
今思えば、少し前が騒がしかったんだ。
「……あいつらのことが気になるのか?」
そう聞いてきたのは、ヴィルベルだった。
「別に気になるって訳じゃないけど」
彼等は、自分の国に帰っただけ。
私が寂しがるのは、おかしな話だ。
「ただ──なんか、いいなぁって」
彼等は皆、自分の居るべき場所に帰っていった。
元の生活を取り戻し、これからも彼等らしく邁進していくことだろう。
彼等にとっては、これが一番だったのだと思う。
どれだけ問題を抱えていたといっても、ロドニー王国は彼等の祖国なのだから。
では……私の祖国は?
私の帰る場所は?
そんな物、この世界のどこにも無い。
唯一、このダンジョンだけが私の居場所だ。
ホームシックに罹ったつもりはない。
ただ、ほんの少しだけ……彼等が羨ましかったんだ。
自分本来の姿を取り戻した、彼等のことが。
「スズカ」
じっと、ヴィルベルがこちらを見つめる。
私は小さく鼻を啜って、笑顔を浮かべた。
「ごめん、変なことを言って」
ノンデリヴィルベルに気を使わせてしまうなんて、私らしからぬ大失態だ。
同居人に気を使わせるような家主には、なりたくない。
だから、すぐに元に戻って──、
「おかわり」
ヴィルベルはこちらを見つめたまま、空になった丼を差し出していた。
……はい。
慰めてくれようとしているんだ~なんて、思った私が馬鹿でした。
このノンデリドラゴンに限って、そんな訳ないよね。
「量は普通? それとも、大盛り?」
「大盛りで」
これも知ってた。
幾分ふて腐れながら丼にご飯をよそい、角煮を盛り付ける。
「……ヴィルベルは、さ」
「うん?」
「死の大地に戻りたいって、思ったことはないの?」
超山盛り角煮丼を差し出しながら、自然と言葉が零れてしまった。
「なんであんなところに」
「あんなところって、ヴィルベルにとっては元の住処でしょ?」
ヴィルベルの返事は、にべもない。
意外って訳ではないけれど、死黒竜と言われている割に、死の大地に対する愛着ってそんなに無いのかしら。
「ここでの暮らしに慣れてしまったら、もうあそこに戻ろうなんて思わないぞ」
「……それは、ここが便利だから?」
ちょっとだけ、胸が熱くなる。
私には、ここ以外に居場所はない。
私と同じように、彼もまた、ここを唯一の場所と思ってくれるのだろうか。
「便利とかそんなのは、何も関係ないだろう。ここには、お前が居る」
「……」
……あ、ヤバい。
今、ちょっと涙出てきそうになった。
当のノンデリドラゴンはこちらの様子に気付くことなく、辛子をたっぷり添えて、角煮丼をかき込んでいる。
「バゥ」
ヴィルベルばかりずるいと、ガルムが空になった丼を咥えて運んできた。
「はいはい、ガルムも大盛り?」
「ワゥッ!」
元気な声に、頬が緩む。
レムスはレムスで角煮丼をじっくり味わうように食べながら、レシピメモを細かく纏めている。
食べるかメモするか、どちらかにすればいいのに。
あーあ、食べながら書くから、角煮の汁でメモを汚しちゃうんだよ。
この世界で、私の唯一の居場所。
私の、大事な家族。
いつも通りの光景、いつも通りのやりとりに、気付けば自然と笑顔が零れていた。









