52:無言の視線
「エディ、お前、正気に戻ったのか……?」
「え? なんですか正気って」
ダグラスさんの問いに、エディさんが目を瞬かせる。
無鉄砲に死黒竜に立ち向かっていた時の狂人的な印象はすっかりなりを潜め、澄んだ瞳でダグラスさんを見上げている。
「そもそも、団長は死んだはずじゃ……いや、それ以前に、俺はどうしてこんなところに……?」
縛られたまま、キョロキョロと周囲を見渡す。
一瞬、目が合った。
気まずくて、思わず視線を逸らしてしまった。
ごめんね、ガルムに縛り付けたりして。
そのままだと落ちて危ないと思ったの。
「えーと、この状況は一体……」
彼一人が、訳が分からないといった表情を浮かべている。
うん、この様子を見るに、素の状態に戻ったみたいね。
「とりあえず……縄、解いてあげましょうか」
「あ、よろしくお願いします」
私が提案すると、ちょっと情けない感じの笑顔が返ってきた。
「俺が軍を率いて、ドワーフの里を……!?」
「ああ、お前が総司令となって、ドワーフの里を完全に包囲していた」
私達は足を止め、魔の森で休憩を挟むことにした。
大木の影に腰を下ろし、一息吐く。
ダグラスさんから話を聞いたエディさんは、その場に頭を抱えて蹲ってしまった。
「言われてみれば、いや……しかし、自分でもよく分からない……」
可哀想に、記憶が混濁しているのだろう。
時折頭を振りながら何やら呻いているが、いまだ脳内が整理しきれていないようだ。
「ましてや、竜を相手に一人斬りかかっていっただなんて……俺、そんな自殺願望はありませんよ」
憮然と呟く彼は、ジェレミーさんとダグラスさんよりも若く、気の良いお兄ちゃんといった感じだ。
パッと見、赤毛の好青年。
そんな彼が我を失うだなんて、魅了の恐ろしさをまざまざと思い知らされる気がする。
「……で、その竜はいったいどうしたんすか?」
「あー、それはだな」
ダグラスさんの視線が、宙を泳ぐ。
果たしていまだロドニー王国の軍籍にある彼に、本当のことを話しても良いものかどうか。
そもそも死黒竜が同行しているだなんて、言われても早々信じられないと思う。
「……そこのお嬢さん、無事だったんですね」
エディさんの視線が、こちらに向く。
彼にはロドニー王城で見られていた訳だが……覚えていたかぁ。
「あー、はい、運が良かったといいますかなんというか……」
「良かったです」
曖昧に言葉を濁したら、笑顔が返ってきた。
そんな風に爽やかに微笑まれると、なんだか居心地が悪い。
「何も良くはない、貴様等がスズカにしたことは、無かったことにはならんのだからな」
ヴィルベルは、相変わらずロドニー王国の人には厳しい。
可哀想に、ヴィルベルの正体を知った二人なんて、本気で怯えちゃってるよ。
「異世界から来られた女性に、ジェレマイア殿下までご一緒とは、なんとも凄いメンバーですね」
ダグラスさんの副官だけあって、ジェレミーさんのことも知っているみたい。
国から姿を消した三人がこうして一緒に居るのだから、不思議なものだ。
「お二人は……戻って来ては、くれないんですか?」
ぽつりと、エディさんが呟く。
「かなり記憶が曖昧な部分もありますが、今の王宮のおかしさは、俺にだって分かる……全部聖女様が来てからだと言われれば、間違いない」
魅了で操られていたエディさん自身、違和感を感じているのだろう。
「まるで、皆が同じ夢でも見せられているみたいだった……」
先ほどまでの明るかった声が一転、エディさんが低く沈んだ声で零す。
一度地面に落ちた視線が、再びダグラスさんとジェレミーさんを見据えた。
「俺一人国に戻ったところで、結局また操られるだけだ。他の皆も助けられない」
「それは……」
重苦しい沈黙が流れる。
……正直、気まずい。
ダグラスさんには状態異常無効スキルがあるから、自分自身が魅了に掛からないという長所はある。
でも、ただそれだけだ。
自分は掛からなくても、周囲が魅了されていたら何にもならない。
つまり、今となっては国全体が支配されている魅了を解こうと思えば──、
「あー……」
ダグラスさんとジェレミーさんの、無言の視線が突き刺さる。
期待とも、懇願ともつかない目だった。
分かりたくはないけれど、分かってしまう。
今のロドニー王国をどうにかしようと思えば、私のスキルが必要……ってことなんですよねぇ?









