51:以心伝心の効能
ドワーフ達は全員里を引き上げ、ダンジョンに移住することになった。
私の説得を聞いてくれたというより、地の精霊が私を信用しているからという理由だが、それでもいい。
あそこにはエルフ達が居るし、大勢のモンスターとヴィルベル配下の竜達がダンジョンを守っている。
これ以上ロドニー王国の軍勢に悩まされることはなくなるはずだ。
残る問題はというと──。
「この人、どうしようか」
私達の目の前には、ぐったりと伸びた男性──ロドニー王国の騎士であり、かつてのダグラスさんの部下エディ・ラーキンズが居る。
「活を入れれば、目を覚ますだろう」
「それ一生目が覚めなくなるかもしれないから、やめておこうね」
ヴィルベルに活なんて入れられた日にゃ、即おだぶつになりかねないよ。
君は自分が規格外だということを、もうちょっと自覚しよう。
「目が覚めれば、治せるのになぁ」
「本当に、治せるのか?」
「多分……」
ダグラスさんは半信半疑といった様子だ。
魅了の力がどれほど厄介かを身に染みて知っている彼だからこそ、おいそれとは信じられないのかもしれない。
「大丈夫だ、ダグラス。彼女のことを信じろ」
「殿下が、そう仰るのなら……」
ジェレミーさんの言葉で、ようやく納得してくれたみたい。
なんだか複雑。
ジェレミーさんは、以前マッドマッシュルームの胞子にやられていたところを正気に戻したことがあるから、私の能力を信じて当然だろう。
にしたって、ドワーフ達といい、ダグラスさんといい、そんなに私のことを信じられないのだろうか。
ちょっと傷付くなぁ。
信じてほしいわけじゃない。
でも、少しくらいは信用してくれてもいいのに。
「いっそ、このまま置いていったらどうだ? 荷物になるだけだ」
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ヴィルベルはいつも通りに物騒な提案をしている。
「いや、俺が担いででも連れて行きます」
置いて行かれては敵わないと、ダグラスさんが申し出る。
人一人担いでいったら、それだけ歩みが遅くなるんだよなぁ。
ああ、もう、仕方ない。
「その人は、ガルムに乗せて、連れて行きます」
これでいいんでしょ!?
ごめんねガルム、帰りは行きより重くなっちゃった。
私の言葉に、ヴィルベルがもはや諦めているというかのように、深いため息を吐いた。
意識を失ったエディさんは、私みたいにガルムに掴まれる訳ではない。
仕方ないので縄で括り付けはしたものの、どうしたって歩みは遅くなってしまう。
結局、ドワーフ達の移動と同じくらいのペースになっている。
ま、一緒に向かうと思えば、それでいいか。
「で、そいつはどこに連れて行くつもりなんだ?」
「流石に地下99階に連れて行くのは不安だし、聖域にでも居てもらう?」
私が答えると、ヴィルベルは白い目を向けてきた。
「お前……聖域がどれだけ貴重な場所か、分かっているのか?」
「あー……」
そういえば、聖域と言われるだけあって、この世界では神聖な場所なんだっけ?
普通にダンジョンの中にあるから、いまいち実感が湧かないんだけど。
「あそこに世界樹があることも、精霊が集まっていることも……王国の連中に知られたら、こぞってダンジョンに攻め入ってくるぞ」
「そんなこと言われてもさぁ」
地下99階と、聖域にあるエルフの里以外に、人が暮らしている場所はない。
流石に竜達の住処に放り込むのは可哀想だし……。
「……あ。ドワーフ達と一緒に、新しく作る里に連れて行くのはどう?」
「ドワーフにしてみれば、そいつは自分達の里を襲いに来た連中の親玉なんだが」
せっかく良いアイデアだと思ったのに、またもヴィルベルに却下されてしまった。
「ああ言えばこう言うっ」
「お前の危機感がなさ過ぎるからだ」
結局、ヴィルベルはこの人を連れ帰るの自体に反対なんだよね。
不穏分子をダンジョン内に招き入れたくないの一点張り。
彼なりに、ダンジョンの安全を最優先に考えているのだろう。
その考え自体は分かる。
分かるけど……助けられる人を放っておきたくないって考えは、やはり甘いのだろうか。
「ん……」
そんなやりとりをしていると、聞き覚えのない小さな声が響いた。
ヴィルベルの低い声とは違う。
ジェレミーさんとダグラスさん……は、私の前方に居る。
声は、もっと違う。
すぐ傍から聞こえて来たような……。
「おい、そいつ意識を取り戻したようだぞ」
ヴィルベルが、前方の二人に声を掛ける。
ガルムの背に縄で括られた若い騎士が、ぱちくりと目を瞬かせていた。
「おい、エディ!!」
慌てて、ダグラスさんが駆け寄ってくる。
彼だって、本来ならばロドニー王国に追われる身。
こんな風に人前に姿を晒すのは危険だというのに、自分の身の安全なんて、まったく考えてもいないみたい。
「団長……? どうして貴方が……うっ、ぐっ、い、いや……」
一瞬理性の光が灯りかけた瞳は、すぐさま苦しげに歪んだ。
苦悶の表情は、やがて狂気じみた怒気へと変じていく。
「ガアアァァァッ、離せ! ここから解放しろ!!」
縄を解こうと、ガルムの背で暴れ藻掻く。
多少の力ではビクともしないはずの荒縄が軋み、肉が食い込んでいる。
正気を失った人は、リミッターが外れ、常人では出せないような怪力を発揮することがあると聞く。
今の彼も、そんな状況なのだろうか。
彼を背に乗せたままのガルムが、困惑気味にこちらを見つめていた。
「落ち着いてください」
私には、対話を試みることしか出来ない。
私のスキルだって、どうやったら発動するかも分からないのだ。
せめて、まともに話が出来るだけの環境を整えなくては──と思っていたのに。
私の声が届いた瞬間、エディさんの肩から、ふっと力が抜けた。
暴れていた身体がぴたりと止まり、代わりに、きょとんとした顔で瞬きをする。
「……ん?」
さっきまで暴れていた様子は、どこへやら。
少し縺れた縄を纏わり付かせながら、エディさんがぱちくりと瞳を瞬かせた。
「え? あれ団長? 俺はどうしてこんなところに? っていうか、ここは一体──」
えーと?
“落ち着いてください”とは言ったものの、こんなに落ち着くなんて想定外だよ。
ひょっとして、今の一言で、正気に戻った……ってことぉ!?









