50:ちっちゃいおじさん達の里
「──やめろ、エディ!!」
ダグラスさんの悲痛な声は、逃げ惑う兵士達の声に紛れて掻き消された。
……それで良かったかもしれない。
死んだはずのダグラスさんが生きていたなんて知られたら、厄介なことになるから。
「落ち着け、ダグラス!!」
「しかし、エディがっ」
ダグラスさんが飛び出さないように、ジェレミーさんが背後から彼を押さえつける。
エディと呼ばれているのは、今ヴィルベルに対峙して剣を構えている騎士のことだろう。
確か、この軍勢の指揮を執っている人……なんだっけ?
兵士達の大半はパニック状態で、魔の森めがけて駆けている。
それはそうだろう、ワイバーン一匹でも人間にとっては手強い相手なのに、こんな超巨大な竜なんて現れたら、到底敵うはずもない。
それを分かっていて、立ち向かう人は──たった一人。
「──っ!!」
ダグラスさんの見ている前で、ヴィルベルが前脚を振り下ろす。
剣を手に突き進んでいた騎士の姿は、その前脚と瓦礫の間に押し潰された──かに見えた。
恐る恐る、薄目を開ける。
どうやら、ヴィルベルもちゃんと手加減をしてくれているらしい。
騎士を殺してしまわぬように、ちゃんと前脚には空気を孕んでいる。
そうしていまだ様子を窺う兵士達を尻尾で追いやり、牽制のブレスを吐きかける。
こうなれば、どれほどの大軍であってもひとたまりもない。
ドワーフの里前に陣取っていたロドニー王国の軍勢は、あっという間に蹴散らされてしまった。
「さて、と。ドワーフさん達のところに行ってみますか」
腰を上げて、ガルムと二人、里の入り口に向けて歩き出す。
「……あれ?」
高く積み上がったバリケードを乗り越え、里の中を覗いてみたら、外の様子を窺っていたらしい髭もじゃのおじさん達が、白目を剥いてひっくり返っていた。
ロドニー王国の軍勢を脅して蹴散らすだけのつもりが、どうやらドワーフ達にも相当な恐怖を与えてしまったみたい。
それはそうだよね、死の大地に近いところに棲む彼等にとって、竜は身近で恐るべき存在。
そんな竜が里にまで現れたとなったら、警戒するのは無理もない。
いや、警戒するというよりは、もはや全てを諦めていたように見えた。
現れたのが最強竜のヴィルベルじゃ、もうどうにもならないと覚悟を決めたのだろう。
先頭に立つドワーフが手にした武器は、小刻みに震えている。
里のあちこちから、悲観に暮れた声が聞こえ続けていた。
ごめんね、怖がらせちゃって。
話の通じないドワーフ達を落ち着かせる為に、最終的には地の精霊を呼んで仲裁に入ってもらうことになった。
とはいえ、ドワーフ達にはノームの言葉は理解出来ないんだけどね。
うーん、カオス。
「そうか、消えたと思うておったエルフ達は、ダンジョンの中に居ったのか……」
ドワーフ達が平静を取り戻して会話が成立するまで、小一時間はかかりました。
いや、もっと経っているかもしれない。
ヴィルベルショック、恐るべし。
「我等はもう、ここで朽ち果てる運命だとばかり思うておった……」
ポツリ呟くドワーフの顔は、疲弊しきっていた。
彼だけではない、里の誰もが同じ表情を浮かべている。
「せめて、女子供だけでもどこかに逃がせぬかと……そればかり考えていた」
何倍もの軍勢に囲まれては、諦めムードになるのも仕方ない。
それでも降伏をせず、戦うことを選んだ彼等は、立派な誇り高き戦士なのだ。
「ダンジョンの中には山岳地帯もあるので、もし貴方達が望むなら、ロドニー王国の軍勢に怯えてここで暮らすより、ダンジョンの中に避難してきても良いのよ」
私の提案に、ドワーフ達が目を見合わせる。
「エルフ達も居るし、世界樹もあるし、そこそこ良いところだと思うけれど……ま、無理強いはしないんで、考えてみて」
私の言葉で、ドワーフ達がざわめいた。
ドワーフってイメージしていた通り、男の人は皆髭もじゃで、背が低く、がっしりしているんだよね。
女の人は髭こそ無いものの、やはり小柄な人ばかりだ。
精霊のノームほど小さくはないものの、ここでも小さなおじさん達が話し合う光景が広がっていて、なんだか不思議な感じ。
地球では見られない光景を前にすると、異世界に来たんだなぁって実感してしまう。
「して……儂等は、何を差し出せばいい?」
「……え?」
おずおずと問いかけられて、咄嗟に間の抜けた声を返してしまう。
「我等に安全な住居を手配してくれるのは分かった。して、そちらが望む対価は?」
「……対価?」
ドワーフの言葉に、思わず首を傾げる。
対価なんて言われても、そんなもの、考えたこともない。
そもそも、エルフ達からも貰っていない。
「そんなの、要りませんけど……」
再び、ドワーフ達の間に、ざわめきが広がった。
対価も無しに困っている人を助けるって、そんなにおかしなことだろうか。
「だから言っているだろう、お前は甘すぎるんだ」
「あ、ヴィルベルおかえりー」
軍勢を蹴散らし終えたヴィルベルが、バリケードを乗り越え、ドワーフの里にやってきた。
彼の肩には、気を失っているらしい騎士が担がれている。
「これは、お前の知り合いか?」
「ああ、俺の部下──副官だった」
ヴィルベルの問いに、ダグラスさんが小さく頷く。
ダグラスさんは、元々騎士団長だったんだもんね。
その部下が今回の軍勢を率いていたとして、なんら不思議はない。
「殺すなと言われたから、一応は生かしておいたが……」
「ありがと、ヴィルベル」
私が御礼を言うと、ヴィルベルは不服そうに鼻を鳴らした。
まったく、素直じゃないんだもんなぁ。
「エディは、こんな挙兵に賛同するような奴ではなかったはずなのに……」
ダグラスさんが、悔しげに歯噛みする。
彼の副官も、また聖女に魅了されて兵を率いていたってことなのだろうか。
聖女が持つ、魅了のスキル。
それがどれほど強力な力なのかは分からないが、もし目覚めて敵対してくるようならば、少々厄介だ。
「一応、目を覚ます前に縛っておいた方が良いのか……」
「魅了がどの程度で解けるか、様子を見なくてはな」
ジェレミーさんとダグラスさんが深刻な表情でやりとりしているのを、ヴィルベルが小馬鹿にするように一瞥した。
「そんなもの、こいつに掛かればすぐに解けるだろう」
「……はい?」
ヴィルベルの指につられるようにして、皆の視線がこちらに集中した。









