49:王の降臨
「ふむ……いいのか?」
ヴィルベルが顎に手をあてたまま、口元を歪ませる。
思いっきり暴れるつもりだな、こいつ……。
「ドワーフの里には、被害が及ばないようにしてね」
「承った」
一つ膝を打って、立ち上がるヴィルベル。
彼に続いて、ダグラスさんとジェレミーさんが腰を浮かせた。
「待ってください、流石に一人では──」
「そうです、彼の強さは知っていますが、それでも!!」
ヴィルベルを止めようとするダグラスさんと、私にヴィルベルを止めさせようとするジェレミーさん。
「あー、いや……ヴィルベルなら、全然平気ですよ。むしろ、心配しなきゃいけないのは、ドワーフの里とロドニー軍の方々です」
「「はい……?」」
唖然とする二人とは対照的に、ヴィルベルはもうやる気満々。
立ち上がっては、茂みからロドニー王国軍の方を窺っている。
「いいんだろう?」
「うん、逃げてくれるなら、それが一番被害が少なく済むと思うし」
ヴィルベルの問いに、小さく頷く。
「……もし、逃げなかったら?」
「その時は、あー……」
どうしよう。
死黒竜を見ても逃げ出さないとか、それもう完全に正気を失っているよね。
そこまで酷い状況ではないと思いたいのだけれど、魅了されているというならば、楽観は出来ない。
「……殺さない程度に、蹴散らす?」
「善処しよう」
返答も手短に、ヴィルベルが歩き出す。
向かうはロドニー王国軍の陣地。
一人颯爽と歩く彼の様子に、ダグラスさんとジェレミーさんは不安げな表情を浮かべていた。
「大丈夫なのか? いくらなんでも一人でなんて──」
言いかけた声が、低く押し込められる。
「何者だ!?」
誰憚ることなく陣地に近付くヴィルベルに、誰何の声が飛ぶ。
「所属と名を名乗れ!!」
警戒されるのも、無理はない。
ヴィルベルはいつも通りの服装で、軍服も鎧も纏っていないのだから。
声に呼ばれるようにして、数名の見回り兵がヴィルベルに槍を突きつけていた。
「怪しい奴、どうしますか?」
「捕らえろ」
「はっ」
兵士達のやりとりを前にして、ヴィルベルが退屈そうに欠伸を噛み殺す。
「このっ」
兵の一人が、声を荒らげて特攻する。
私の隣で見守るダグラスさんが、緊張して剣の柄に手を掛けた。
その瞬間──戦場に、突風が吹き荒れた。
ゴゥと、風が鳴る。
地面が震えた。
あるいは、空気そのものが悲鳴を上げた気がした。
地面から舞い上がる風が視界を奪い、身を伏せていなければ飛ばされてしまいそうに感じる。
ふと、風が収まったように感じた。
気付けば、ガルムが私の上に覆い被さり、荒れ狂う風から私を守ってくれている。
周囲を見回せば、ダグラスさんもジェレミーさんもその場に伏せて、目を見開いて前方を見据えていた。
「あ……」
「ひいいぃぃっ」
そこに、槍を突きつけられた男はもう居ない。
男の代わりに立っていたのは、あまりに巨大な影。
見上げる巨体は、その全長さえ推し量ることが出来ないだろう。
生態系の頂点であり、最強の捕食者である竜。
その竜種を統べる王、死の大地を守護する存在──死黒竜。
突如として現れた死を司る存在に、野営地は一瞬でパニックを引き起こした。
「な、なっ……」
ダグラスさんも、ジェレミーさんも、言葉もなく、ただ口をはくはくと開閉させていた。
「大丈夫って言った意味、分かっていただけましたか?」
私が笑いかけても、彼等は呆然とした表情のままだ。
現実を受け止めるには、もう少しかかりそう。
「彼は、一体……」
ジェレミーさんがようやく振り絞った声は、喉に張り付いたかのように、震えていた。
「見ての通りですよ。ヴィルベルのもう一つの名前は、死黒竜です」
「……」
「……」
私が答えると、二人共黙り込んでしまった。
信じられないのも、無理はない。
でも、目の前で見たからには、信じざるを得ない。
それでいて、いまだ現実が受け止めきれていないのだろう。
「ここは死の大地とも近いですし、竜が現れたところでおかしくないとは思うのですが……」
チラリと、蜘蛛の子を蹴散らすような光景に視線を向ける。
大半の兵士達は叫び、慄き、逃げ惑っている。
ホッと安堵したのも束の間、ヴィルベルの前に、一人の騎士が立ち塞がった。
「あいつ──」
ダグラスさんが、僅かに腰を浮かせる。
巨体の竜を前にしても怯まぬその騎士は、剣を構え、ヴィルベルに向かって突き進んでいった。









