46:ちわっ!?
高級マンションを模した地下99階は、冷暖房完備。
寒い冬でも、このエリアは暖かだ。
それ以上に、私の部屋には魔狼のガルムが居る。
夜眠る時は私のベッドに潜り込んできて、もふもふの毛並みで包み込むようにしてくれる。
おかげで、寒さ知らず。
毎晩快適な眠りが約束されている。
「うぅ~ん……」
不意に気配を感じて、薄目を開ける。
見れば、ガルムが鼻先で私の身体を揺すっていた。
「あー、ちょっと待ってね、今起きるから……」
日本に居た時は、休みの日は昼頃まで寝ていたものだが、ここに来てからは早寝早起き生活。
夜はガルムの温かさですぐ眠りに落ちてしまうし、朝は朝で、お腹を空かせたガルムに起こされる。
おかげで、すっかりアラーム要らずです。
「ガルム、何が食べたい?」
厨房でガルムに声を掛けると、元気よく『お肉!』という声が響いてきた。
ガルムとヴィルベルには良いだろうけど、私には重いんだよなぁ。
「目玉焼きハンバーグにでもしようか」
「バウッ!」
ガルムの尻尾が、ぶんぶんと揺れている。
ハンバーグはガルムもヴィルベルも大好物なんだよね。
朝からパテをこねる気にはなれないので、冷凍しておいたハンバーグパテを使用。
目玉焼きと一緒にこんがり焼いて、市販のデミグラスソースをかけたら完成!
私は、目玉焼きだけいただくことにしよう。
鼻歌交じりに焼き上がりを待っていると、キッチンの扉が開く音がした。
ヴィルベルが起きてきたのかな? と思ったが、洗われた姿は別人だった。
そうだ、忘れていた。
今このフロアには、ジェレミーさんとダグラスさんが来ているのだ。
「おはようございます」
「あ、あぁ……おはようございます」
ダグラスさんがキッチンの入り口に佇んだまま、目を瞬かせている。
キッチンの様子が珍しいのかな?
「今朝ご飯を作っているので、待っていてください」
「あぁ、いや……そんな、気を使っていただく訳には……」
何やらもごもごと言いかけるダグラスさんに、首を振る。
「ダメですよ、朝ご飯は大事なんですから。それに、二人はこのキッチンの使い方も知りませんよね?」
「それは……」
「ダグラス、ここは遠慮なくご馳走になろう」
なおも躊躇いがちなダグラスさんを、ジェレミーさんが笑って制する。
「このダンジョンに居る以上は、スズカ殿の世話になることは避けられないのだから。食事を申し訳なく思ったところで、今更だ」
「そういうことです」
ヴィルベルが聞いたら、また白い目を向けていたかもしれない。
でも、私としてはそれくらい割りきってもらった方が気楽なんだよね。
別に恩を売りたい訳じゃない。
殺されかけた人を放っておけないなんて、人として当然のことでしょう。
「ならば、何か手伝いだけでも」
「それなら、お肉が焦げないように見ていていただけますか?」
「分かった」
私がお願いすると、ダグラスさんは真面目な目つきでコンロの前に立った。
元々凜々しい強面騎士団長の顔が、眉間に皺が寄って、さらに険しくなっている。
大柄で逞しいダグラスさんは、きっと女性にもモテるんだろうなぁ。
真顔になっている理由がハンバーグってのが、ちょっと残念だけれど。
ハンバーグはダグラスさんに任せて、その間に目玉焼きを焼いてしまおう。
隣のコンロにフライパンを置いて、卵を割り入れる。
「……スズカ殿には、謝らないといけないと思って」
隣に立つダグラスさんが、ぽつりと呟いた。
「え? もう怒ってないし、今更って感じなんですが」
私が首を傾げると、ダグラスさんがゆるりと首を振った。
「昨日、俺のせいであの男性──ヴィルベル殿と言い争いになっていただろう?」
「あ~~~」
どうやら、ダグラスさんは私とヴィルベルが険悪なムードになっていたのが気になっているらしい。
気遣いが細かいというか、繊細な人だ。
「別にいいんですよ、ヴィルベルはいつもあんな感じですから」
傍若無人で、自分勝手。
気に入らない相手は、なかなか認めようとはしない。
最強の竜だけあって、人に対しての気遣いは欠けているよね。
彼にとっては、私なんてすぐに死んでしまいそうな弱っちぃダンジョンマスターなのだろう。
だからかは知らないが、時々物凄く過保護になる。
「よくある痴話喧嘩ということか」
「ちわっ!?」
ダグラスさんの言葉に、手元が狂ってしまった。
最後の卵をぐしゃりと潰してしまって、フライパンの上で黄身がとろりと流れ出してしまった。
あーあ、黄身は半熟に仕上げるのが好きなのに……仕方ないから、この目玉焼きは私が食べる分にしよう。
「別に、私とヴィルベルはそんな仲じゃありません!」
「そ、そうなのか……?」
ダグラスさんだけじゃない、彼の後ろで一緒にフライパンを観察しているジェレミーさんまで、興味深そうにこちらを見つめている。
彼等は知らないことだけれど、ヴィルベルは竜だ。
そもそも、種族が違う。
あの姿を見慣れてしまうとつい忘れそうになるが、そもそも人間ですらないのだ。
……そういえば、ヴィルベルの恋愛対象って、やっぱり雌の竜なのかな。
死の大地に生息していた竜達の多くは、ダンジョンに移り住んできている。
中には、ヴィルベルが親しくしていた相手も居たりするんだろうか。
「スズカ殿、それ!」
「……あっ」
気付けば、フライパンから白い煙が立ち上っていた。
いけない、つい考え込んでしまったみたい。
ああ、もう。
半熟の目玉焼きを作るつもりが、火が通り過ぎてしまった。
今日は失敗してばかりだぁ。
落ち込みはしたものの、どうやら卵の焼き加減を気にするのは、私だけみたい。
ヴィルベルとレムスにも声を掛けて、今日は六人──もとい、五人と一匹での朝食。
初めてハンバーグを食べた二人は、デミグラスソースの出来に驚いていた。
はは、どうだ、凄いだろう。
市販のソースを褒められたところで、私は何もしていないんだけどね!
レムスが食後の紅茶を淹れてくれて、暫しゆったりとした時間を過ごす。
ヴィルベルは相変わらずの仏頂面だが、二人に文句を言うことはなくなった。
二人の滞在を認めた訳ではないのだろうけど、とりあえずは放っておくことにしたみたい。
レムスが淹れてくれた紅茶に口を付けて、ほう……と息を吐いたところで、管理室の様子を見に行ったレムスが慌てて食堂に戻ってきた。
「マスター、エルフ達から連絡です!」
……どうやら、ゆっくりとした時間は、ここで終わりみたいです。









