45:不機嫌ドラゴンの扱い方
結論とも言えない結論が出た後、ヴィルベルは自分の部屋に閉じ籠もってしまった。
私はといえば、レムスと二人でリビングの隣にジェレミーさんとダグラスさんの部屋を増築。
一通りの説明をし終えたところで、ようやく一息吐いた。
「お茶にでもしようか、ガルム」
「ワゥ!」
変にギスギスしたものだから、疲れちゃった。
温かい飲み物と、何か甘い物が食べたいな。
牛乳を電子レンジで温めている間に、北海道の某有名チョコレートを思い浮かべて、クリエイトする。
日本に居た時から、度々お取り寄せしていたんだ。
ミルクに溶かして、ホットチョコにしても美味しいよね。
なんて考えながらも、気になるのは、ご機嫌斜めなヴィルベルのこと。
……仕方ない、機嫌取っておくかぁ。
「ヴィルベル~、チョコあるけど、食べる?」
「……食べる」
ノックをして、ヴィルベルの部屋を覗き込む。
ぶすっとした声ながら、食欲には抗えないらしい。
ベッドに寝そべっていた巨体が、のそりと起き上がった。
「ヴィルベルには、こっちかな。はい、どうぞ」
「種類が違うのか?」
私が自分用にクリエイトしたのは、定番のマイルドミルク。
対して、ヴィルベル用にとクリエイトしたのは、シャンパンを効かせた大人の味だ。
「お酒が入っているの」
「ふぅん」
ベッドに腰を下ろしたまま箱を受け取ると、味わうでもなく口に放り込む。
休まることなく手と口が動いているあたり、気に入ってくれたみたい。
まったく、分かりやすいんだから。
「リビングに来てくれたら、もっとちゃんと用意してあげられるんだけどな~」
チラッと、横目でヴィルベルを見遣る。
拗ねたような顔は、まるで子供みたい。
長い時間を生きてきたドラゴンとは、とても思えない。
「……スズカは」
「なに?」
ヴィルベルの言いかけた言葉に、首を傾げる。
「スズカは、やはり同族の方が良いのか?」
「……うん?」
同族?
いきなり、何の話をしているのだろう。
「えーと、ちょっと話が見えないんだけど……」
「あの二人には、明らかに甘い」
あの二人っていうと、ジェレミーさんとダグラスさんかな?
甘い……のだろうか。
厳しくしたつもりは無いけれど、特別甘いとも思っていない。
「別に、そんなこと無いんじゃない?」
「ある」
ヴィルベルが、むすっとした声で返してきた。
「エルフ達にも、甘かったと思うのだけど」
「エルフ達は、ここに連れて来てはいないだろう」
……言われてみれば、確かに。
「人数が多かったからじゃない?」
「本当に、それだけか?」
紅色の瞳が、じっとこちらを見つめる。
ベッドに並んで腰を下ろした状態で、なんだか気まずい。
つい、視線を逸らしてしまった。
「……気のせいじゃない?」
別に、同族だから甘い訳ではない。
そもそもの価値観が、日本人の私とドラゴンのヴィルベルとで違い過ぎるのだ。
ただ、それだけ。
……のはずなのに、どうしてか、ヴィルベルはじーっとこちらを見つめている。
「あの男は、騎士だ。剣を使うし、身体も鍛えている」
「うん、だろうね」
「お前一人なら、簡単に捕らえることが出来るのだぞ」
「えー」
ヴィルベルは、そんなことを心配していたのだろうか。
いや、“そんなこと”なんて言っちゃいけないか。
このダンジョン、最大の弱点は他ならぬ私自身なのだから。
「大丈夫じゃないかな。そんな人じゃなさそうだし、ジェレミーさんも居るし」
「そういうところが、甘いと言っている」
私の言葉に、ヴィルベルがため息を吐いた。
「甘いも何も、ガルムもヴィルベルもレムスも居て、どうにかなると本当に思っているの?」
「俺もガルムも、常に一緒に居る訳ではないだろう。それに、レムスは管理ゴーレムだ」
ヴィルベルが、当たり前のことを指摘する。
「管理ゴーレムだから、何?」
「あいつにとっては、誰がマスターでも変わりは無い」
続いたのは、予想外の言葉だった。
「……そうなの?」
「そりゃダンジョンの運営方針や規模は、マスターによって異なるだろうが……誰がマスターになっても、マスターの為に仕えるのが、あいつの仕事だ」
言われてみれば、そうなのかもしれない。
レムスは、私がダンジョンマスターだから、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれているのだ。
もしこのダンジョンが他の人の手に渡ったら……そもそも、元のあの不定形に戻って、レムスとはまったく別の存在になってしまうのだろう。
……それは、何か嫌だな。
「あいつはダンジョンとダンジョンマスターを守りはするが、ダンジョンマスターが別の人間に変わったとて、何の問題もない」
「でも、ガルムとヴィルベルも居るよ?」
私が首を傾げると、再びヴィルベルのため息が零れた。
「もう少し、頭を使え。モンスターを呼び出して見張らせるなり、護衛に付けるなり……」
なるほど、確かにそういうことも出来るのか。
ヴィルベルに言われて気付くなんて、我ながら抜けている。
「うーん、でもそこまでする必要があるかなぁ?」
「だからお前は甘いのだと!!」
話が元に戻ってしまった。
堂々巡りだ。
結局は、ダグラスさんを信用出来ないヴィルベルと、彼はそんなことしないだろうって思っている私の対立なんだよね。
ダグラスさんが悪い人なら、そもそも私はここに居ない。
最初から殺されていたはず。
そう説得したところで、きっとヴィルベルの心配は収まらないんだろうな。
私、戦闘力は皆無だし。
「まったく、お前という奴は……」
「なによ」
不機嫌そうに答えながら、チョコレートの箱を開ける。
気分転換には、甘いチョコが一番。
一つつまんで口に入れようとしたところで、ヴィルベルの顔が近付いてきた。
「ちょっ、それ私のチョコ!!」
「……こっちも、なかなか美味いな」
人のチョコを横取りしておいて、何を偉そうに。
尊大で、強引で、我儘で、マイペースな……いつものヴィルベルだ。
「お前が、あいつらを側に置くと言うのなら……」
「なら?」
首を傾げてヴィルベルを見上げる。
その隙にヴィルベルは私の手から串を取り上げ、チョコをもう一つ口に放り込んだ。
「あっ」
「俺も、お前の側に居るとしよう」
普通に言われたらときめくかもしれない台詞でも、チョコをもぐもぐしながらだと、こんなにもときめかないものなんだな。
おのれヴィルベル。
「……それって、今までと何が違うの?」
私の突っ込みに、ヴィルベルが暫し考え込む。
「何も、変わらない」
「だよね」
結局、結論も何もない。
今まで通りの日常が待っているだけ。
でも、まぁ……ヴィルベルの機嫌は、元通りになったのかな?









