44:許す者、許さぬ者
「ヴィ、ヴィルベル……?」
ダグラスさんをここに連れてきてからというもの、ずっと不機嫌だったヴィルベル。
そんな彼が、感情を隠しもせずに真っ直ぐにぶつけてきた。
「その男は、お前をこの森に置き去りにした奴なのだろう?」
「あ……うん」
ヴィルベルの言葉に、素直に頷く。
「それが何を意味するか、少し考えれば分かると思うが?」
地下99階の空気が張り詰める。
「お前が生きていたというのは、結果に過ぎない。その男は、殺すつもりで居た──違うか?」
ダグラスさんが、無言のままで唇を噛む。
ヴィルベルの言っていることは、間違っていない。
彼は──私が死ぬと思いながら、あの場に置き去りにしたのだ。
でも──。
「……別に、その人が悪い訳じゃないよ」
私の言葉に、今度はヴィルベルの矛先がこちらに向いた。
「何が“悪くない”だ! お前はこの男が憎くないのか!?」
「そりゃ、好きか嫌いかで言われたら、腹立たしいけれど……」
我ながら、矛盾したことを言っているとは思う。
「殺せと言われても、殺さなかった。それが、今に繋がっているんだから」
王太子の命令通りにあの時殺されていたら、今こうしてダンジョンでのんびり暮らすことさえ出来なかった。
全ては、あの時に終わっていたはずだ。
「手を下さなかったから、許すと?」
「命令されていたんだから、仕方ないでしょ」
そう、悪いのはダグラスさんではない。
ダグラスさんに殺せと命じた、王太子の方だ。
「愚かな命令を盲目的に信じて実行に移す輩は、十分に愚かだろう」
ヴィルベルの、容赦ない言葉。
俯くダグラスさんの表情は、窺い知ることは出来ない。
「……確かに、その通りだ」
ダグラスさんの口から漏れたのは、弱々しい声だった。
「命令だからと、言い訳をするつもりはない。俺は……貴女を死なせるところだった」
「ダグラス……」
ジェレミーさんの気遣わしげな声を振り払うように、ダグラスさんが首を横に振る。
「これ以上、貴女に迷惑を掛ける訳にはいかない。俺には、ここで世話になる資格など無い」
「その通りだ」
ようやく理解したかとばかりに、ヴィルベルが鼻を鳴らす。
「お待ちください。その男を殺すならばいざ知らず、自由にさせることには、反対です」
その流れに待ったを掛けたのは、意外にもレムスだった。
「マスターの秘密を知られた以上は、殺すか、ここに留め置く方がよろしいかと」
“殺す”という選択肢が入っているあたり、レムスもヴィルベル同様に、彼に良い印象を抱いてはいないようだ。
「ふむ……」
ヴィルベルが、低く唸る。
ヴィルベルとレムス、二対の目がじっとダグラスさんを見据えていた。
「まったく、殺すだの何だのと、物騒なこと言わないでほしいな」
そんな二人の様子に、ついため息が零れ出た。
目覚めが悪いのは、ごめんだ。
二十一世紀の日本に生きていた私に、誰かの死を背負うなんて、重すぎる。
「別に、今すぐに決めなきゃいけない話でもないでしょ。数日居てもらって、ここが気に入ったならここに居てもらえばいい。ここが嫌でも、エルフの集落もあるし」
それに、決めるのはダグラスさんだ。
居たくもないのに、秘密を厳守させる為だけに彼を拘束するなんて、そっちの方が嫌だもの。
「ここに居る以上は、ギスギスは無し。険悪な雰囲気は嫌なの。分かった?」
ヴィルベルとレムスを睨み付ける。
二人とも不服そうな表情をしながらも、反論は無いようだ。
まったく、この世界の人達は命を軽く考え過ぎている。
仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけれど、もっと皆が仲良く出来たらいいのに。
仲良く出来なければ、関わらないようにすればいい。
でも、きっとここのことを知られたら、なんやかんやと干渉してくるんだろうなぁ。
それが予想付くだけに、レムスの心配は、もっともだ。
理屈では、二人の言うことは分かっている。
分かっているけれど、彼等の提案を呑む気にはなれないあたり、なんだかんだ私も頭が固いのかもしれない。









