43:奇跡の後で
万病に効くと言われる、ベビアの種。
けれど、怪我に効くかどうかなんて分からない。
そもそも、私はこの世界の治療方法すら知らないのだから。
これは賭けだ。
せめて、彼の命を少しでも繋ぐことが出来たなら。
聖域に運ぶ迄の間、僅かでも延命出来たならば──そう思ってのことだった。
「ダグラス……」
ジェレミーさんの、悲痛な声が響く。
彼に、こんな声を出させたくはないのに。
無力な自分に歯噛みした時、不意に、目の前が目映い光で眩んだ。
「なに……?」
光が収まった時──そこには、呆然と座り込むダグラスさんの姿があった。
「なん……俺は、どうしてこんなところに……?」
「──ダグラス!!」
キョトンと目を瞬かせるダグラスさんに、ジェレミーさんが飛びつく。
「ジェレマイア様……? では、あれは夢ではなかったのか……」
「当たり前だ、お前は死ぬところだったんだぞ!?」
いつも冷静なジェレミーさんが、涙ぐんでいる。
驚き息を呑むダグラスさん。
彼の身体にあった無数の傷は全て跡一つ残さずに消えていた。
そうして、彼は困惑気味に頭を掻いた──切り落とされたはずの、左腕で。
「良かったぁ……」
一か八かの賭けだった。
ベビアの種が外傷にまで効くなんて保証は、どこにもない。
でも、部屋中を埋め尽くすだけあったんだから、一つくらい減ったところでどうってことないもの。
ダメで元々、彼に食べさせてみたのだ。
結果は、見ての通り。
傷は勿論、切り落とされた腕まで元通りって、一体どういう理屈なのかしら。
今頃腕の方から本体が生えていたり……は、しないわよね?
「ありがとう、スズカ殿」
「ううん、御礼を言われるようなことなんて……」
言いかけて、はたと気が付いた。
先ほどから、驚きに満ちた視線が注がれていることに。
「貴女、は……」
「……あっ」
ヤバい。
ダグラスさんに、私が生きていると知られてしまった──。
「なんでお前は、色々拾ってくるんだ」
「別に犬や猫を拾って来たわけじゃあるまいしぃ……」
「もっと質が悪い」
エルフ達と別れて地下99階に戻るなり、ヴィルベルが怖い顔で見下ろしてきた。
うぅ、ヴィルベルは自分が大柄で強面なことを自覚した方がいい。
上から凄まれると、ものすっごい怖いんだから……!
「ここは一体……」
ダグラスさんは訳が分からずに、周囲を見回している。
うん、この光景、数日前にも見たね。
ジェレミーさんの時と、同じ反応だ。
仕方ないのよ、今回はあのままあそこに置いてきたり、あの場で説明する訳にもいかなかったんだから。
一階の入り口付近、ダンジョンにやってきた他の冒険者に見られたら困る。
私だって、一応一介の冒険者なんだし。
ってな訳で、どうしようかと悩むより先に、一緒に地下99階に連れてきた訳だけれど……ヴィルベルは、どうもその対応がお気に召さなかったみたい。
今も怖い顔でこちらを凝視している。
……迫力ぅ!!
「戸惑うのは、分かる。俺も最初に来た時は、天国か異世界に迷い込んだのかと思った」
ジェレミーさんが苦笑する。
「異世界に迷い込んだってのが、一番近いかもしれません」
「異世界……」
呆然と呟くダグラスさん。
彼は、私が異世界から召喚されたことを知っている。
「では、ここは貴女の住んでいた世界ということか?」
「それを元にして作った場所……ですね」
ダグラスさんの言葉に、小さく頷く。
高級マンションの内装。
洗練されたインテリア。
煌々と輝くライト。
彼にとっては見慣れないであろう家電製品。
私がクゥエイフの街を新鮮に思うのと同じくらい、彼には見慣れない光景なはず。
いや、フィクションの中でさえ見たことがない分、彼の方が驚きは大きいのかもしれない。
「どうして、こんなことが……?」
「それは……私が、このダンジョンのマスターだからです」
ダグラスさんの黒色の瞳が、これ以上ないほどに見開かれた。
「貴女が、ダンジョンマスター……!?」
最初はダグラスさんを警戒していたガルムが、もう襲いかかってくる心配はなさそうだと、ソファーに座る私の膝に顎を乗せて甘えてくる。
「まさか、ダンジョンを得るにはダンジョンマスターを討伐する以外に方法は無いと──」
「討伐はしていません。仲良くなっただけです」
驚きの声を上げるダグラスさんに、ガルムを撫でながら答える。
この子が元のダンジョンマスターだとか、私が来た時はダンジョンというほどの規模ではなく、ほんの小さな洞穴だったとか、ガルムも子犬くらいの大きさだったとか……そんなことまで説明する必要はないだろう。
「私、魔力量だけは多かったようですし……それに、モンスター達とも自然と意思疎通が出来るので、ここでの生活には不自由していないんです」
「……そうか、“以心伝心”……」
ロドニー王国を追放される切っ掛けになった、私のスキル。
それを思い出したらしいダグラスさんに、にこりと微笑みかけた。
「この部屋は、全て私の世界を思い出しながら、ダンジョンをクリエイトする要領で作り上げたんですよ」
結論、私の魔力量とスキル、それにダンジョンのクリエイト機能が、相性良すぎたのだ。
そうでなければ、この魔の森で私が生き残ることは出来なかっただろう。
……そう。
私が生き残れたのは、運が良かったから。
そうでなければ、とっくに森の奥地に屍を晒していたはず。
嫌な想像を、首を振って追い払う。
「そんなことが……」
呟いたダグラスさんが、目を閉じて俯く。
「貴女を追放したりせず、重用していれば……あそこまで愚かなことにはならなかったかもしれない……」
「そうとも限らないと思いますけどね」
私の追放を悔やんでいるらしきダグラスさんに、苦笑混じりの声を掛ける。
「ダンジョンが無ければ、私はただ言語を解さずとも意思疎通が出来るという便利屋に過ぎなかったでしょうし。あの王太子の元でのびのびと暮らせるとは思いません」
「はは……」
ジェレミーさんが、眉根を下げて笑う。
甥っ子の話は、彼にとっても耳が痛いのだろう。
「教えてくれ、ダグラス。今のロドニー王国は、一体どうなっているんだ……?」
ジェレミーさんの問いに、ダグラスさんが沈痛な面持ちで口を開く。
ぽつり、ぽつりと語り始めた彼の言葉に、私達は王国の驚くべき実情を知った。
ロドニー王国に現れた、新たな召喚者──サヤ。
聖女と呼ばれる彼女が出現して以降、もはや王国の中枢は行政の機能を成していない。
政治に携わる者だけではない、聖女を崇める民衆も、狂気に陥っていた。
それも全て、彼女の持つスキル──“魅了”の影響だという。
「俺以外の者は、皆あの聖女の言いなりだ……」
「ダグラスは“状態異常無効”のスキルを持つんだ」
首を傾げた私に、ジェレミーさんが教えてくれた。
なるほど、“魅了”の使い手に“状態異常無効”は天敵だ。
「だから、貴方が襲撃されたと……?」
私の問いに、ダグラスさんが唇を噛む。
「魔の森に出現した“魔女”を討伐するようにと言われたのだが……部下達に襲われて、この様だ」
ダグラスさんは、ガックリと肩を落としている。
信頼していた部下達に裏切られたことが、相当ショックだったのだろう。
ま、皆が“魅了”で操られていたのだとしたら、仕方の無いことなのかもしれないけれど。
「正直な話をすると……私は別に、ロドニー王国がどうなっても構わないんですよね」
ジェレミーさんとダグラスさんは悲観に暮れているが、重く沈んでいるのは、彼等二人だけ。
ガルムは私の膝に頭を乗せて欠伸をしているし、レムスは最初っから我関せず。
ヴィルベルに至っては、ジェレミーさんだけではなく、ダグラスさんをも警戒して、常に睨みを利かせている。
「二人のことは偶然助けはしましたが、国に関わろうなんてこれっぽっちも考えてはいません。むしろ、あの国には関わりたくないです」
私がなぜそう思うのか──二人ならば、十分に理解出来るだろう。
「お二人も、国を追われた身なのでしょう? それなら、ここでのんびりしませんか」
私の提案に、ジェレミーさんとダグラスさんが顔を見合わせた。
「俺は……」
ロドニー王国を追放されて、それなりの年月が経つジェレミーさんは、もうかなり割り切れているようだ。
私の提案にも、悩むことなく頷いている。
だが、ダグラスさんは違う。
眉間に深い皺を寄せて、その顔は苦渋に歪んでいる。
「考えてもみろ、ダグラス。お前は命を狙われたんだぞ? このまま国に戻ったとして──無事で居られるはずもない」
そんなダグラスさんを説得するように、ジェレミーさんが声を掛けた。
「──ちょっと待て」
そんなやりとりを遮ったのは、ヴィルベルの重々しい声だった。
「俺は……その男を認めないぞ」
殺気に満ちた瞳が、真っ直ぐにダグラスさんを貫いた。









